映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「築地ワンダーランド」感想:「魚を食べる」ことの認識が180度変わるドキュメンタリー

こんにちは。じゅぺです。

今回はお寿司が食べたくなるこの映画について。

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築地で1年間の密着取材を行ったドキュメンタリー「築地ワンダーランド」です。

 

「職人」のドキュメンタリー

ひとくちにドキュメンタリーといってもいろいろなジャンルがあります。BBCやNHKが作るような大自然の神秘に迫るドキュメンタリー、去年話題を呼んだ「イカロス」のように社会の不正や課題を告発する社会派ドキュメンタリー、歴史上の事件やニュースの真相を明らかにするドキュメンタリー。僕が好きなのは、「ファッションが教えてくれること」や「二郎は鮨の夢をみる」のような、職人の生き様をドキュメンタリーです。どうしても劇映画には出せない面白さがあるんですよね。途方もない時間と努力でひとつの物事を極める。それがその人をその人たらしめている。なんて素晴らしい生き様なんだろうと思います。

 

「食べる」という営み

「築地ワンダーランド」もこの類のドキュメンタリーなのではないでしょうか。1万人以上のプロが切磋琢磨する築地市場というひとつの「街」。一人ひとりが自分の仕事に誇りを持ち、一流の集うこの場所で必死に生きているのです。妥協をすれば一気に信頼を失ってしまう、まさに戦場です。そんな彼らが一心に目指すこと、それは「おいしいお魚を届ける」です。たとえ届ける先がすきやばし次郎であろうと、近所の小学校であろうと、「おいしいお魚を届ける」ことに変わりはありません。この食材をだれがどう調理するのか、そして、だれが食べるのか。シチュエーションを見極めて求められているものを提供するのがプロの腕の見せどころなのです。焼き魚ひとつ取っても、魚をつかまる漁師がいて、仲卸の人がいて、小売の人がいる。さらにその裏には運送業者や製氷業者など、数えきれない人々が関わっています。当たり前といえば当たり前の事実なのですが、それを生業としている人たちの「おいしい魚を届ける」ことへの熱意、哲学、職人としての生き様を見ると、改めて認識が変わります。なにげない魚の切り身にも、たくさんのプロたちの生き様と情熱が乗っかっているのです。そう考えると、ふだんのごはんもちょっぴり美味しく感じられるし、「食べる」という営みがとても愛おしいものになってきませんか。

 

たとえ市場が移転しても

「築地ワンダーランド」は、豊洲市場への移転も目前に迫っていた2016年の作品だけあってか、この瞬間の築地をフィルムに焼き付けて「継承」していこうという熱を感じます。この「継承」が後半のテーマです。築地市場は大正時代に建てられたもので、非常に老朽化が進んでいます。だから市場が豊洲に移るわけですが、たとえ建物が古くなっても、そして、市場そのものが移転したとしても、「築地」の役割や、受け継がれてきた哲学、働く人々の活気は変わらないんじゃないかと思います。そう思わせてくれるのが、築地で学校給食用のアジを卸す業者のエピソードです。インスタントな食事のスタイルが一般的になり、めんどうな魚の調理をする人も減りました。いまどきの子どもが魚を食べる機会もめっきり少なくなりました。築地のベテランたちはそんな現状に危機感を抱いているんですよね。豊かな食の文化を絶やしてはならないという使命感を抱いている人すらいる。作中では、こんな願いのこもったアジの給食を美味しそうにほおばる子どもたちが映されていました。ただ機会が少ないだけ、本物のおいしい魚に触れる場がないだけで、チャンスさえ作ってあげれば、子どもたちが魚を好きになる未来はあるんだとわかります。そして、おいしい魚を食べる文化を支えてくれる築地のプロたちの熱意が途絶えることも決してないでしょう。たとえ市場が移転しても、忙しいときのお昼ごはんをカップ麺で済ませるようになったとしても、「築地」の哲学だけは、そこで働く人々のエネルギーだけは、変わって欲しくないし、きっと変わることはないだろうと信じています。