映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」感想:「テロとの戦争」という終わりなき混沌

こんにちは。じゅぺです。

今回は「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」の感想です。

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「アイ・イン・ザ・スカイ」は、ドローンを駆使した最前線の戦場を描く戦争映画です。しかし、この映画にいわゆる「戦場」は登場しません。本編のほとんどは政治家や官僚の集まる会議室と、空調の効いたオペレーションルーム。兵隊が血を流しながら泥臭くはいずり回る戦闘シーンは一切ないのです。なぜなら、戦闘地域で敵を殺すのは、生身の人間ではなく、遠隔操作されたドローンだからです。

2001年のアメリ同時多発テロ以降、戦争の形は様変わりしました。「テロとの戦い」の始まりです。戦争は、もはや領土を持った国家の間で起こるようなわかりやすいものではなくなりました。アメーバのように世界各地に散らばった戦闘員たちのテロをいかに食い止めるかという形の見えないものになったのです。国民のあずかり知らぬところでアメリカやイギリスの軍隊はテロリストを殺害しています。「宣戦布告」とか「休戦協定」のようなルールもなければ、明確なはじまりも終わりもありません。気づいたら混沌とした無秩序にのみ込まれ、不毛な殺し合いをすることになってしまうのです。

「アイ・イン・ザ・スカイ」は、ドローンで最重要テロリストを発見してから、殺害の決定を下すまでの2時間を、現実と同じ時間軸で描いています。つまり、観客はまるで本当に「戦場」に放り込まれたような感覚で、ことの推移を見守ることになるわけです。

会議室には軍事上の戦略を立案する軍人、法的な妥当性を精査する法務官、政治的な判断をする閣外大臣など、様々な立場の人間から意見が出され、やがて国家としての「決定」が下されます。しかもそこには危険なテロリストを排除するという戦略上の正しさだけでなく、英国の判断で米国民を殺害していいのか否か、そして、無関係な一般人を巻き込む可能性が高くても爆撃すべきなのかどうかといった政治的・倫理的な考慮も求められます。いま爆撃したら確実に死ぬひとりの少女の命か、それとも将来ほぼ確実に発生するテロになって奪われる80人の市民の命か。正解なんてありませんが、その決定権は会議室でネクタイを締めた役人たちに委ねられています。誰も「人を殺す」なんて決定は下したくないし、失敗したときのことを考えたら、責任なんて取りたくありません。だけど、いまそれをやらなければならないのは彼らなんですよね。決定を先延ばしするうちにどんどん状況は悪化していく様はスリリングですし、刻一刻と変わる極限の状況下で揺れ動く作戦室の人間ドラマも最高です。

しかし、最後に残るのは虚しさなんですよね。目の前の危機は排除したかもしれないけど、誰も幸せになれない。「テロとの戦い」という終わりのない混沌と、テクノロジーが生み出した冷徹な「殺人ドローン」と、それに振り回される人間たち。この先に何があるんでしょうか。SFチックな余韻と緊迫感を残しつつ、人間の業についても思いを巡らせてしまう、骨太の大傑作でした。