映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「手紙は憶えている」感想:ひとの記憶の「あいまいさ」

こんにちは。じゅぺです。

今回は「手紙は憶えている」です。

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かつてアウシュビッツに収容され、ナチスに家族を皆殺しにされた老人が、友人から渡された手紙を頼りに「復讐」の旅に出るというお話です。主演は名優クリストファー・プラマー。老人のひとり旅ということで、わりとコンパクトな映画ではあるのですが、がつんと重みのある秀作になっています。

この映画の肝となるのは、ひとの記憶のあいまいさでしょうか。主人公は老人ホームで残りの人生を静かに過ごす身であり、最近は記憶力の低下に悩まされています。もう残された時間は長くありません。だから、老人ホームで出会ったもう一人の「アウシュビッツ経験者」の導きで、復讐の旅に打って出る決意を固めたわけです。しかし、映画の冒頭、本人はその肝心の決断を覚えていないんですよね。人に言われて初めて気付くんです。もはや短期の記憶は一度寝てしまうと失われてしまう程度には脳の機能が低下している。だから手紙を頼りにしなければならないのです。

オチから言ってしまうと、けっきょく、ユダヤ人の家族を皆殺しにしたのは、かつてナチの党員だった主人公本人でした。彼はこれまで怒りを向けていた対象が自分自身であると知り、友人のあまりに残酷な仕返しと、己の犯した罪の深さに絶望をしながら自死の道を選びます。僕は、ナチスに対する怒りに突き動かされて老体に鞭打ち旅を続ける主人公になんの疑問も抱かなかったのですが、結末を知ると、たしかに「なぜだ?」となりました。だって本人はその記憶がたしかではないのですから。家族を殺されたトラウマはすべて「手紙」しか知らないのです。でも、彼はいたって真面目に、ナチスの残党を殺すことが自分の使命だと思って戦っている。よくよく考えれば、そしてここがこの映画の上手いところですが、戦時中の回想シーンは一切ないんですよね。スクリーンに切り取られるのはせいぜいこの数日の出来事、すなわち「いま」でしかありません。見事なミスリードでした。

ひとの記憶のあいまいさ、そしてその恐ろしさがこの映画でいちばん面白いところでしょう。だって戦争のトラウマですら、後から上書きされてしまうのですから。ひとがいかに世界を都合のいいように解釈する生き物ものなのかというのがわかってしまいます。後味は悪いですが、引き込まれる映画でした。