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さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「ペンギン・ハイウェイ」感想:ペンギンと世界の果てとお姉さんのおっぱい

こんにちは。じゅぺです。

今回は話題作「ペンギン・ハイウェイ」について。

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ペンギン・ハイウェイ」は森見登美彦原作のSFアニメーション映画。彼原作の「夜は短し歩けよ乙女」は彼の世界観と湯浅イズムが化学反応を起こした大傑作でしたが、「ペンギン・ハイウェイ」もすばらしい作品でした。

主人公は、科学少年のアオヤマくん。町に突然現れたペンギンの群れの謎をはじめた彼は「親しくお付き合いしている」歯科医院のお姉さんとペンギンの奇妙な関係を発見します。さらに彼は同じクラスのハマモトさんとウチダくんの3人で森の中に浮かぶ〈海〉を発見し、やがて「世界の果て」の存在に気づいていくのです…。

ストーリーとしては正統派の青春ジュブナイルもの。アオヤマくんが追う「世界の果て」とお姉さんの身体への「興味」のふたつの謎が密接に関わり、最終的に世界の運命とアオヤマくんの性の目覚めが連動しているところにこの映画の面白さがあると思います。

アオヤマくんは映画の冒頭で(ざっくりと)こんなことを言っていました。「僕は日々勉強し、昨日よりも賢くなっている。」と。好奇心旺盛な彼は、眼に映るすべての謎に疑問を抱き、その原理を解明しようとします。だから町に突如ペンギンが現れると、すぐに研究モードのスイッチが入ってしまうんですね。しかも彼なりに知識を総動員して、論理的に答えを導こうとしている。彼の探求欲はとどまるところを知りません。

その一環として、彼はお姉さんのおっぱいの謎にぶち当たります。いつもなぜかお姉さんのおっぱいに目が向いてしまう。どうやら、お母さんのそれとは違うらしい。「どうして僕はお姉さんのおっぱいに興味があるのだろう。」と考えています。さらに、彼はお姉さんのお家に遊びに行き、うたた寝をする彼女の顔を見て「DNAの組み合わせによって作られた完璧なバランス」に驚きます。彼はひたすらお姉さんの身体の造形の美しさに感動しているのです。お分かりの通り、彼のこの好奇心は、ありていに言えば、大人への第一歩、性の目覚めなのでしょう。彼は今、お母さんのおっぱいに吸い付いていた記憶もまだ新しい「幼少期」から、お母さん以外の女性の身体に興味を抱く「男の子」に変わる、その中間地点に立っているのです。つまりアオヤマくんがお姉さんに抱く好奇心は、恋心の一種なのですが、彼はまだその輪郭をはっきりと掴めていません。その感情の位置を知らないのです。

自分の感情に整理がついていない子がもう一人います。ハマモトさんです。彼女は、自分とチェスや科学の知識で互角に渡り合えるアオヤマくんに興味を持っていました。だから〈海〉の研究プロジェクトにも誘いました。信頼できる相手だと思って秘密を共有したのです。なのに、彼女の思いはあっさり裏切られ、〈海〉の存在はお姉さんに知られてしまいます。当然、ハマモトさんは怒り、失望しますよね。「共同研究者」としての信頼を裏切られたのですから。しかし、そこにはきっとほかの感情も混ざっていたのだと思います。それは、アオヤマくんの方がお姉さんとの仲を打ち明けてくれなかったこと。向こうにも秘密があったこと。そして、自分以外の女性と親しくしていたこと。ここに嫉妬の感情、その裏返しとしての恋心があったのでしょう。大人っぽいけど、やはりそこは小学4年生なのだなと思います。

話を戻します。そんなアオヤマくんがお姉さんに抱く「不思議だな」という気持ちは、なんと彼が追い続けてきたペンギンの群れと〈海〉の謎の真相と不可分な関係にありました。〈海〉とお姉さんは同じ「世界のねじれ」から生まれた存在で、お姉さんこそが「世界の果て」の謎の答えだったのです。アオヤマくんはそのことに薄々気付きつつも、お姉さんを失う覚悟を決められず、答えにたどり着くことができません。正解にたどり着くことを誰よりも求めていたアオヤマくんが、無意識のうちにこの難問を解き終えることを拒もうとしている。しかし、〈海〉の暴走によって世界に危機が訪れていること、そしてお父さんの行方が分からなくなって動揺するハマモトさんを見て、前に進む決意を固めます。そしてお姉さんと二人でペンギンに乗って〈海〉に挑みます。ここの場面の爽快感と解放感は素晴らしかったですね。ただ楽しいだけではなく、夢の中のようなカオスな世界観が、お姉さんとの別れの予感によって、どことなく「あの世」を感じさせる空虚さと寂しさを漂わせています。「ペンギン・ハイウェイ」でもいちばんの名場面でした。

アオヤマくんの活躍によって〈海〉が消滅したのち、お姉さんはあっさりと、まるで風に吹かれて舞う葉っぱのように、この世界から去っていきます。一夏の思い出と共に、お姉さんの肉体は「向こうの世界」に行ってしまったのです。アオヤマくんは恋を知り、「世界の果て」の真理に到達します。あの〈海〉がなんだったのか、お姉さんが何者だったのかは、アオヤマくんだけが知っているのです。壮大な世界の深淵に触れたアオヤマくんですが、それでも彼は「僕は日々勉強し、昨日より賢くなっている」と回想します。子どもらしく傲慢に響いたこの言葉が、大冒険を通して180度違った意味に聞こえてきますね。彼は再びお姉さんに会える日が来ることを信じて、「もっと賢く」なることを誓います。恋を知り、別れの痛みを味わって一皮むけたアオヤマくんは、きっとウチダくんと一緒に今日もまた冒険に繰り出すのでしょう。清涼感たっぷりの後味残る大傑作でした。