映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「百万円と苦虫女」感想:サナギの中に籠るとき

こんにちは。じゅぺです。

今回は「百万円と苦虫女」について。

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主演は蒼井優。正直、僕はあまり蒼井優が好きではなかったのですが、本作でその認識を改めました。少女らしいあどけなさの残る丸いほっぺと、トゲトゲしさの見え隠れする話し方。これ以上ないぐらい鈴子にハマっています。ふだんはぼそぼそ喋っていて遠慮しがちだけど、ぷっつん切れるといきなり男の家財道具をぜんぶ捨てる思い切りの良さがあったたり、手先だけは人一倍器用だったりと、一筋縄ではいかない彼女のデコボコした輪郭を、抑制を効かせつつもコミカルに表現している。その演技力の高さに感嘆しました。ちょっとこれからは真面目にフォローしていかなくてはと思っています。

ストーリーの話もしましょう。ふだんおとなしいけど拾ってきた猫を同居人に捨てられてしまったことでぷっつん切れてしまった鈴子。仕返ししてやろうと男の部屋のものを全部捨ててしまったところ、警察に被害届を出してしまい、鈴子はみごと前科者に。そして「だれも私のことを知らない場所に行きたい」と逃げるように家を飛び出し、バイトをしては100万円まで貯めてまた次の場所に引っ越すという遊牧民のような生活を始めることになります。海の家、山奥の桃農家、地方都市と、さまざまな場所を転々とするのですが、どのエピソードもたいへん面白い。彼女はいつも本心を打ち明けず、愛想笑いでなんでもごまかしてしまう。ほんとうの自分を見せたらきっと引かれてしまうだろうから、なるべくその土地の人とは深い関わりを持たず、「だれも私を知らない」ままの状態で過ごしていたいと思っているのでしょう。壁を作って他者を遮断したくなるぐらい、彼女にとってこの世界は生きづらいんですよね。一方、鈴子のまわりの人間は、物静かで本音を語らない鈴子を気にかけ、彼女を理解しようとします。鈴子ってほんとうはとてもしあわせな環境に身を置いているんじゃないかと思います。彼女がいくら他人を遠ざけようとしても、まわりの人間はなんども諦めずに耳を傾けようとします。みんな大人だからしつこく声をかけたりはしないけど、遠くからいつも気にかけているのです。すくなくとも、彼女のその小さな声を聞こうとしている。どんなに嫌がっても他者の強烈な引力にひっぱられて、彼女は徐々にじぶんの人生について考え直し始めます。まったくの他人だからこそ、偏見もなく接することだってできるんですよね。ここがこの映画の優しさであり、信頼できるところだと思います。

そんな鈴子と面白い対比になっているのが、ふたりの男です。ひとりは鈴子の弟。もうひとりは鈴子の彼氏。鈴子の弟は学校でクラスメートにいじめられているのですが、姉の鈴子が気に入らない連中に豆腐を投げつけて暴れまわる姿を見て、非常に勇気づけられます。「僕の姉は嫌なことから逃げずに戦っている」と。じつはここには勘違いがあって、このあと鈴子はさっさと実家を捨てて旅に出てしまう=前科を知るご近所さんたちから逃げてしまうのですが、弟の目には戦う姉の残像がつよく目に焼き付いています。だから、彼はどんなに学校が嫌でも通い続けるのです。姉のようになりたいから。面白いですよね。逃げる姉と、逃げない弟。どっちも自分で選んだ道です。だからどっちが間違っているとか、正義だとか、そういう話ではない。彼らは自分なりの方法で自分に向き合い、自分なりの正解を導き出そうとしているのです。

一方、「自分なりの方法」を貫けなかったのが、鈴子の彼氏です。彼は「だれも自分を知らない土地で暮らしたい」という鈴子のルールに乗っかってしまう。そして鈴子に浮気をしていると誤解されてしまうのです。鈴子が嘘をつくのをやめて、自分で自分を呪縛するルールから解放されて人生の次のスタートに立ったのに対し、鈴子の彼氏は、鈴子を呪縛するルールを守り、そのために嘘をつき、幸せを逃してしまう。明らかにここには対立構造があります。鈴子は、過去から解放されることで自分を手に入れるのです。過去にこだわりがないから、付き合った男も置き去りにします。「気のせいか。」この思い切りの良さが、非常に清々しい。これから彼女はもうヘラヘラ愛想笑いして本音を隠したりはしないのでしょう。本当の自分をさらけ出して幸せを手に入れた大切な思い出があるから。さわやかで気持ちのいい傑作青春映画です。