映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「愛しのアイリーン」感想:愛は交錯しない

こんにちは。じゅぺです。

今回は「愛しのアイリーン」について。

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愛しのアイリーン」は「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔監督の最新作です。前作「ヒメアノ~ル」は大変素晴らしい作品でしたね。V6森田による森田くん(ややこしい)の狂気が凄まじく、度肝を抜かれてしまいました。タイトルの表示のタイミング、人が殺される描写の生々しさ(首を絞められると痙攣しながら失禁したりするんです…)、恐ろしくも切ないラストなど、随所にセンスを感じる作品でした。

本作「愛しのアイリーン」もとんでもない作品です。日本とフィリピン、男と女。植民地、性的搾取、人種差別、これらすべてがごった煮になったムラ社会。日本の矛盾や気持ち悪い部分、それから人間の醜悪さや愚かさをこれでもかと詰め込み、悪趣味な世界観とブラックなジョークで笑い飛ばします。狂った人間がさんざん暴れまわって人間の気持ち悪いところをくれでもかと見せてくるので、正直嫌悪感しか沸かないわけですが、愛おしい瞬間もあるのです。が、丸く収まりそうだと安心していると「そんなわけねーだろ」と正面から腹に蹴りを入れられます。

このように「愛しのアイリーン」は、気持ち悪さと愛おしさが(9:1ぐらいで)同居する不思議な味わいの作品なのですが、この高低差を体現しているのが主人公の岩男です。独身で40過ぎて実家住まい、夜中に自室でAVを楽しむ毎日を送る岩男。彼は女性を蔑視していて、性欲処理の対象としかみなしていないし、他人に対する接し方も年相応のものとは思えません。岩男という男は、はたから見れば得体の知れない、気持ち悪い存在なのかもしれません。しかし、とんでもなくピュアで実直な人間に思える瞬間もあります。欲望に忠実な態度の裏返しというべきか、手の届かないものに憧れ、がんばって手を伸ばしてもがいている彼の姿が、ときどき愛おしく感じられるのです。あっちへいったり、こっちへいったり、彼の二面性に振り回されて酔いそうになります。

そして、そんな彼に振り回されるアイリーンも一筋縄ではいきません。彼女も矛盾の中で無理やり納得しながら生きています。「売春婦」と「偽装結婚」の違いはなんなのか。否定はしているけど、結局アイリーンもまたお金と引き換えに身体を差し出した「売春婦」ではないのか。自分で自分に嘘をつきながら、差別心や敵意をむきだしにした連中とつきあわなければならないアイリーンの苦しみはどれほど深かったことでしょう。

愛しのアイリーン」で描かれる最重要テーマの一つに「愛は交錯しない」という真理があると思います。そしてそこから導かれるのは、人間は絶対的に孤独だということです。この映画では、愛は交わりそうになった瞬間、すぐに壊れてしまいます。岩男からアイリーン、夫から妻、母親から息子の岩男、アイリーンから岩男。度の愛も伝えたいときには伝わらず、伝えられそうなときにはもう「時すでに遅し」なのです。どれだけ言葉を尽くしても、行動で示しても、伝わらないものは伝わりません。しょせん他人は他人であり、フィリピン娘の実家に仕送りを送っても夫婦の愛なんて生まれないし、母親がどれだけお腹を痛めて産んだ息子の幸せを願っても本人にとってはありがた迷惑にしかなりません。しみったれた商店街のネオンを背景に唇を重ねる岩男とアイリーンには希望を感じましたが、これっきりです。二人が「殺人」という秘密の共有によって固い絆で結ばれ、布団の上で交わったとき、彼らの関係はすでに破滅に向かっていました。あの瞬間の幸せのためにすべてを前借りしたようなものです。すれ違い続ける愛に、現実の圧倒的な不条理を感じます。

「性欲の発散と癒しのため」、「祖国の家族の生活を支えるため」。形から入った二人の夫婦関係は、みんなが信じている愛とか家族の形すらぶち壊しながら、どんどんむちゃくちゃな方向に進んでいきます。先ほどこの映画の嫌悪感について触れましたが、その原因の一つは、良識や道徳が打ち壊されていくことの居心地の悪さや違和感にあったとも思います。しかし、そういう社会の建前とか美辞麗句が引き剥がされて丸裸になったとき、すなわち作中で言えばアイリーンが憎んでいた義母を雪山に捨てて帰れなかったとき、愛とか家族の最も原初的で本能的な部分に触れた気がするのです。社会的動物として、どうしても仲間を見捨てられない瞬間がある。もう心が通うとか、一緒にいた時間が愛おしいとか、そういうのを通り越して、ただ、他人として放っておけないときがある。そこに不思議なつながりを感じる。理屈や常識の先にある感覚を知った衝撃が、この映画の余韻なのではないかと思います。愛は交錯しない、人間は絶対的に孤独だという前提に立った上で、さらにその先にある逆説的な結論がこの「原初的な愛」と言えるのではないでしょうか。

やはりこうやって振り返ってみても、この作品は相当好みが分かれるでしょう。映画内の倫理観や道徳観がすこしでも自分に合わない作品は厳しいという人には、最後まで見るのがきつかっただろうと思います。それぐらいヘビーで「最悪」な作品です笑。