映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「エンジェル、見えない恋人」感想:五感を刺激する官能的な映像美

こんにちは。じゅぺです。

今回は「エンジェル、見えない恋人」について。

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エンジェル、見えない恋人」は、姿の見えない少年・エンジェルと盲目の少女・マドレーヌの愛の物語を描くベルギー映画です。このロマンチックな設定がツイッターでも少し話題になっていましたね。

いきなりテーマの話から入るのは野暮ですけど、この映画が描くのは、徹頭徹尾「愛は目に見えない」ということだと考えています。そしてこのテーマを描くために導き出された手法が「設定」と「感覚的な映像」なのです。

まず、「設定」とは、姿が見えない少年と盲目の少女という人物の配置です。少年は目に見えない、そして、少女は目が見えない。そこには、少女だけが少年の姿が見えないことを知らないという非対称性があるわけですが、しかし、お互いがお互いのコンプレックスを補い合う(というか気になくてもいい)関係が成立しています。いわゆるルッキズムが二人の愛から排除されていて、純粋に、ただ「見た目以外」のところで愛を深めていく姿が描かれます。おそらく誰しもがこの映画を見て、自分の愛のかたちについて考えることでしょう。自分が相手の目に見えなかったら?、そして、好きになった人が目に見えない存在だったら? 自分が愛を実感するのはどんなときだろうか。目に見えたらそれはそこに確かに存在するものだと言えるのだろうか。この設定ひとつだけを切り取っても、思考の幅はかなり広がるはずです。非常に寓意的で、見る人の価値観を鏡のように写してくれる設定になっているのではないでしょうか。

そして、こうした「設定」を豊かに膨らませ、さらに見るものの想像力を拡張してくれるのが、「感覚的な映像」です。約90分間、ひたすらに五感を刺激する美しく官能的な映像詩に浸ることになります。手ざわりや温もり、そして匂い。まぐわいのたびに感じる愛おしさと不安。目以外の感覚も刺激される映画になっています。映画というメディアは、基本的に目と耳からしか情報を入れることができませんが、この映画は確かに観客の触覚や嗅覚に残るリアルな記憶を想起させる仕組みになっています。観客の過去の体験によってエンジェルとマドレーヌの感覚を補完している、とでもいうべきでしょうか。僕はただ映画館でだまって椅子に座っているだけなのに、体中の感覚器官をくすぐられているような感覚に陥りました。

この映画には、見えないからこそ強く感じられるという倒錯もあるのだと気づかれました。目に見えないエンジェルを包み込むものとしてすがたを自在に変えて登場する水や布は、そこにはなにもないのに、強烈に彼の存在を感じさせます。雨、湖、洗面台にたまった水道水。クーファンに敷き詰められたシーツに、お母さんのドレス。そしてこの倒錯はエンジェルとマドレーヌの関係のあり方そのものでもあるのです。目には見えなくても、そこに存在することで確実に周囲に影響を及ぼし、「形」を変えていく。目に見えないからといって存在しないわけではない、むしろ、目に見えないものにこそ本当に大事なものが隠れているのではないか。そう思わせる説得力が、この映画にはありました。

しかし、想像していたよりもかなり官能的でしたね。終始エンジェルの一人称目線で進むので、マドレーヌとの距離がとても近いのです。だから彼女のうぶ毛や皮の脂、鼻の穴にいたるまですべてが見えてしまう。否が応でもマドレーヌの肉体を、彼女の匂いや熱を想像せざるを得ません。ものすごく重い映像でもあります。そんな中でもエンドクレジットの海の中で泳ぐ裸体のマドレーヌは、そういった映像的な圧からも解放され、清涼感たっぷりの余韻を残していました。

余談ですが、「アデル、ブルーは熱い色」のことをふと思い出しました。これも3時間超の映画としては常識はずれな(見方によっては嫌がらせに近い)超接写カットで構成された映画で、女優の体の部位で映されなかった箇所はなかったんじゃないかというぐらい、舐めまわすように撮る偏執的な演出でした。それに近いところは多いんじゃないかと思います。

「愛は目に見えない」のだとすると、たとえば愛には特定の形はないのだということにもなります。異性、同性といったくくりに限らず、犬や猫といった動物、アニメや漫画のキャラクター、モノ、死体、国。なんでもいいんですね。ただ、やはり人は特定の形を与え、理解しやすいレベルまで単純化しないと安心しない生き物でもあります。どうせ世界のすべてを知り尽くすことはできないのだし、当事者以外わからないことなんていくらでもあるのに、人は口を出さずにはいられないし、自分の知っている枠組みに収めようとしがちです。極端なことを言ってしまば、愛に限らず、世界を構成するあらゆるものには特定の「形」なんていないんじゃないかとすら思えてきます。僕自身もなにかと自分の価値観にものごとをはめ込んで満足してばかりですけど、そういうときはエンジェルとマドレーヌのように、いったん「目に見えない」ことを受け入れてゼロから再スタートしてみるのも、ありなのかなあと思ったりします。

ちょっと抽象的な締めになってしまいましたね。とにかく映画館で見ることでしか体感できないたぐいの表現なので、劇場鑑賞をおすすめします。傑作です。