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さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「グリンチ」感想:みんなの輪の中に入るということ

こんにちは。じゅぺです。

今回はクリスマス目前ということで「グリンチ」について。

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グリンチ」クリスマスが大嫌いなひねくれ者のグリンチとお母さんの幸せを願うシンディ・ルーを描くアニメーション映画です。製作は「怪盗グルー」シリーズでおなじみのイルミネーションスタジオ。賑やかなフーの村の景観で縦横無尽に繰り広げられるドタバタアクションやギミックだらけのグリンチのお家がアトラクションみたいで楽しい!優しいクリスマス映画に仕上がっています。

「ペット」や「SING」に比べると、ちょっと対象年齢は低めかもしれません。ナレーションも付いていて、親が寝る前に読み聞かせしてくれる絵本のようです。映像面でも、観客の目線とスクリーン上の地平線をつなぐ大胆なカメラワークや、臨場感たっぷりの長回し、縦横や奥行きを生かした雪上の動きで、かなり楽しい仕掛けが施されています。オープニングの長回しの演出で十分満足できます。お祭り感満載のフーの村の装飾もすばらしい。かなり細かいところまで作りこまれています。僕的には、引きのカットで見せるプッチンプリンみたいな見た目の村の全景が可愛らしくてお気に入りです。

尺も86分と短く、かなり幼い子どもでも見られるように配慮した内容になっています。一方で「交尾」というワードが飛び出したり、グリンチのやる嫌がらせがそれなりにエグかったりと、イルミネーション・スタジオらしいデフォルメの効いた毒は相変わらずです。一方で、起承転結の「結」にあたる部分がかなりアッサリしていて、近年稀に見る予定調和なストーリーになってしまっています。いくら子ども向けアニメとはいえ、製作上のトラブルを心配してしまう(リブート版「ファンタスティック・フォー」みたいな)抜け落ちっぷりです。これは大きく評価の分かれるところでしょう。正直、僕もここはキツイなと思いました。イルミネーション・スタジオが高水準の作品を立て続けに公開してきただけに、ここにきて少し息切れを起こしてしまったかなとも思いました。

そうは言っても、僕は結構この映画が好きです。手垢のついたメッセージですが、人の幸せを自分のことのように喜べるって素敵だよね!というストレートな教えは、クリスマスの祝祭ムードの中で、わりとすんなり心に染み込んできました。グリンチみたいな人って結構たくさんいるんですよ。幸せな他人を見て不満のことばをまき散らしたり、不幸な境遇にいる自分をうじうじと慰めたり。やり場のない怒りや憤りは誰でも抱えるものだと思いますが、その感情が自信のなさや孤独感からくるものだったりすると、他者に対する攻撃や嫌がらせとなって行動に現れてしまいます。ネットだとそれがカジュアルにできてしまうから厄介です。グリンチが街の人に意地悪しておばあさんの杖を奪ったり、子供の雪だるま壊したりしていましたけど、要するにあれはツイッターで言うところのクソリプですよね。

話は逸れますが、最近「炎上弁護士」の唐澤貴洋さんのインタビューを読みました。彼を対象に過激な誹謗中傷行為に走る人たちは、実際に会ってみるとコミュケーション能力の低い、孤独な少年が多かったそうです。彼らはネット上の「仲間たち」の共通のコミュケーションの「ネタ」として、唐澤さんを攻撃しているのではないか、と本人は分析しています。本当はひとりぼっちでも、みんなで誰かを攻撃したり、「敵」に認定してしまえば、たくさん仲間がいるかのように錯覚します。それが結構クセになってしまうようで、ある種の中毒状態に陥ってしまうらしいのです。他人を攻撃して心を満たすって、すごく寂しいことだと思います。彼ら(もちろん僕自身がその中に組み込まれてしまう可能性もあります)はどうやってそこから抜け出せるのでしょうか。世の中にはグリンチのような人がたくさんいます。この映画を見ている子どもたちだって、50を過ぎて嫌がらせに勤しむ偏屈おじさんになってしまう可能性があるわけです。

そんな問いに対して「グリンチ」は非常にやさしい答えを示してくれます。それは、誰かが幸せそうにしていたら、それを一緒に喜んであげることの大切さです。シンディ・ルーは彼女の友人たちにこう言います。

「あなたの大切なものは、私にとっても大切なもの」

これってすごく素敵な考えだと思うんですよね。誰もが彼女のように純真で素直な心を持つことは難しいだろうし、これが理想主義であるという指摘も事実だと思います。なかなかそういう心の余裕は持てません。でも、フーの村の人びとは嫉妬ややっかみの感情からはかけ離れたところにいて、お互いが相手を思いやり、幸せに暮らしていけることを祈っています。グリンチは、過去の孤独な体験から、自分はその思いやりの輪の中に入っていないのだと信じ込んでいました。しかし、実際はそんなことなかったんですよね。実はオープニングから彼は村中から心配されていました。それを彼は持ち前のひねくれっぷりで跳ね返しただけだったのです。グリンチに足りなかったのは、他人の優しさを受け入れ、輪の中に踏み出す勇気でした。つまり、誰だって孤独から抜け出せるチャンスはあるし、どこかに健全な居場所はあるのではないかということです。また、グリンチの改心という奇跡が、本来彼にとって呪いの場であったはずのクリスマスで起きるのも、やさしさにあふれていて素敵ですね。

醜い感情や罵詈雑言が可視化されやすいこの世の中だからこそ、世界中の子どもたちがグリンチのようにフーの村の人びとの愛と優しさに触れることは、とっても大事だと思います。素直すぎて逆に嘘くさいという感想もわからなくはないですが、僕はクリスマスにぴったりの作品だと思いました。