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さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「ROMA/ローマ」感想:極上の映像詩でつづる人生賛歌

こんにちは。じゅぺです。

今回は僕的2018年ベスト映画の一本「ROMA/ローマ」についてお話しします。

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舞台はメキシコシティ、ローマ地区。激動の70年代メキシコに生きる女中・クレオの物語が描かれています。監督のアルフォンソ・キュアロンは、幼少期をローマ地区で過ごしたそうで、本作は自分を育ててくれた女中さんに愛と感謝を捧げて作った映画だそうです。

「ROMA/ローマ」は、物語よりも「映像」での語りが面白い作品です。僕の中いかに「目に見えるもの」と「耳で感じられるもの」で「心」を動かすかが映画の力なのだとしたら、本作は間違いなく「純映画的」な映画だと思います。一つひとつのショットの構成、没入と一体感をもたらす長回し、劇中に散りばめられたモチーフの数々、画面外に世界を拡張する音響、そしてそれらを組み合わせる編集。すべてが有機的に結びついて、ひとりの女性の人生にたしかな手ざわりと温もり、そして実体を与えています。それぞれの要素について個別に考えてみましょう。

まず、本作はモノクロで撮影されています。しかし、光と闇のグラデーションでスケッチされたクレオの日常には、たしかに鮮やかな「色」があります。タイルを滑る水、子どもを飲み込む波、家の庭から見上げる空。モノクロでありながら、いや、モノクロだからこそ、それぞれの観客の目には脳内の記憶から再生されたリアルな質感が浮かぶのです。あまりに現実味があるから、まるで自分がクレアと同じことを体感したかのように錯覚してしまいます。もはや五感でクレアと共鳴しているのです。

また、パンを多用した長回しは、画面に映らない世界の広がりと奥行きを伝え、小鳥のさえずりや草の揺れる音すら聞こえる立体的なサウンドは、目で拾いきれないディテールを耳に刻み込みます。正直、映画館で見られなかったことを恨みました。僕の家の古いテレビの音響ですら、包まれるような感覚におそわれたのですから、劇場の音響で体感していたら、きっとすさまじい快感だったろうと思います。

そして、カメラが映す光景は常に絵画のように完璧なバランスです。多くの人が指摘しているように、フェリーニの作品に近い味わいがあります。さらにそれがカメラが動いても崩れないのが恐ろしいのです。そのうち直前の美しいショットが残像として目に焼き付いたまま、その余韻が蓄積され続けていく感覚になります。映像は動いているのに、いつまでも静止画を眺めているような感動が襲ってきました。初めて見る映画なのに懐かしさすら覚えます。やはり目と耳と記憶が刺激される中で、体に染み込んだ感覚と経験が呼び覚まされ、映像の中に自分が放り込まれたような錯覚に陥るのでしょう。

穏やかなタッチで分かりにくいけど、描いていることはとても激しいものです。生と死のイメージを反復し続けています。妊娠検査に来た病院でクレアを襲う小さな地震と、赤ちゃんのケースの上に落ちる砂ぼこりは、これからクレオが産む赤ちゃんに良からぬことが起こることを予感させます。パーティーの会場で床に落ちて割れる「杯」は、そのままクレオの「子宮」を連想させます。つまり「杯」=「子宮」の破壊が、彼女の子どもの死産を予言しているのです。壁に並べられた犬のはく製も不気味に映され、明確に死のイメージとして提示されています。ファーストカットの掃除の水から始まって、本作では羊水を連想させる「水」のイメージが散りばめられています。海水浴場で子ども達を襲う波は象徴的でした。クレオには、肉体的にも精神的にも徹底して「母」としてのあり方が与えられているのです。

この映画は「女性」としての生き様や、厳しい階級社会を描いている点で、時代性を持った作品でもあります。男は暴力と無関心の象徴として位置付けられていて、クレオの人生の障壁として何度も彼女の前に立ちはだかります。しかし、それは政治的なイデオロギーや啓蒙につながるものではありません。もっと個人的かつ普遍的な内容だと思います。やや理想主義的な匂いを感じなくはないけども、戦いや反抗ではなく、ここで描かれているのは、あくまで愛と感謝なのです。「ROMA/ローマ」で描かれている出来事は、クレオの長い人生のアルバムのほんの一部に過ぎません。ラストカットで空を見上げたカメラが階段の上に捉えた飛行機が、ファーストカットの水に反射していた飛行機と重なる円環構造が物語っているように、クレオの日常はこれからも続くし、きっとこの先も苦難に満ちています。それでも彼女はたくましく生きるのでしょう。最初と最後のたった二つのカットで、画面に映らないクレオの人生の「これまで」と「これから」を表現してしまうところに、とてつもない感動を覚えました。「母」として家族を支えるクレオの温もりと優しさに溢れた作品です。超絶大傑作!