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「未来を花束にして」感想:我が子が大人になった頃の世界はせめて

こんにちは。じゅぺです。

最近、自民党の某議員が「LGBTばかりになると国が滅びる」と発言したことで批判を集めました。同性婚を合法化する国も増える中、いまだに日本の政治家はこのレベルの認識なのかと愕然としてしまいます。2019年の今も日本ではジェンダーセクシュアリティに対する差別的認識は広く残っていて、変えていかなければならない部分は多くあると感じました。一方で、同性婚合法化に対して違和感を覚える人たちの感覚を無視することはできないと思います。国として大きく制度を変えることに違いはありません。正直、同性婚の恩恵を授かる当人たち以外にさしたる影響もないと思うのですが、今後はその感覚的なギャップをいかに解消していくかも重要になってくることでしょう。

しかし、もっと深く考えてみれば、いま「常識」として受け入れていることが、かつての「非常識」だったなんてことは、数え切れないほどあります。僕たちの「当たり前」は常に変化するのです。そして、歴史を振り返ってみると、その裏側には「常識」に命をかけて抗い、戦い続けることで新しい世界を切り開いていった人たちが存在するのです。

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今回レビューする「未来を花束にして」に出てくる婦人参政権獲得を目指す活動家たちも「女に政治は向かない」という「常識」に立ち向かいました。彼女たちの生きる20世紀初頭、政治は男性だけのものでした。階級の低い女性は安価な労働力として危険な工場で搾取され、家庭では家事・育児をこなし、その短い命を費消していたのです。しかも、母親には親権がなかったので、夫に我が子を取られても、法廷で争っても100%負けます。「悪法また法なり」とはソクラテスとの言葉ですが、アンフェアなルールを作っておいて、しっかり守れと言われても、損をする側はたまったものではありません。この苦しい状況を脱しようと思っても、抗する手段が取り上げられているのですから。

当時、こうした男女不平等の社会構造を打破すべく、サフラジストと呼ばれる人たちが婦人参政権を獲得するために政治活動を行なっていました。彼女たちは合法的手段に則り、あくまでルールの範囲内で戦っていたわけですが、「そんなんじゃ生ぬるい!」と暴力や破壊による非合法的な抗議活動で難局の打破に乗り出す過激派が現れました。彼女たちはサフラジストと区別して、サフラジェットと呼ばれていました。「未来を花束にして」はこのサフラジェットたちの戦いを描いています。

女性の権利を勝ち取るために戦った人たちがいることは教科書を読めばわかりますが、20世紀初頭にこの闘争に身を投じることがどれだけ危険で、覚悟のいることだったのかにまでは、なかなか想像が及びません。頭では理解していても、文字の羅列だけではリアルに感じ取れないんですよね。僕はこの「未来を花束にして」を見てはじめて、主人公のモードをはじめとするサフラジェットの人たちの心の芯に触れられた気がします。彼女たちの感じる先の見えない不安、人生を台無しにしてまで戦い続ける意味があるのかという葛藤、退路を断たれたときの絶望、最後まで戦うのだと覚悟を決める意志の強さが、生々しく伝わってきました。

もし自分が同じ立場にいたとして、ここまで本気で取り組めるだろうか、「子どもたちが大人になった頃の世界はせめて」と思えるだろうか。もちろん、彼女たちを突き動かしたのは、正義の心だけではありません。むしろ、その源泉は女の声に耳を傾けない男たちへの怒りであり、理不尽な社会に対する失望と恐怖です。この運動は声を奪われた者たちの叫びなのです。苦難を与える「常識」を「当たり前」として片付けず、そして人生を諦めない。彼女たちの意思を受け継いだ者たちが勝ち取った成果は、誰もが知っている通りです。もちろん、全く十分とは言えないし、まだまだ理想からほど遠いのが現状です。しかし、世界は確実に前進しています。少なくとも、自民党のオッサンが見当違いなことを言えば批判が集まるぐらいには。「未来を花束にして」は、単なる歴史モノとしての面白さ以上に、未来に生きる同志たちのために、腐りきった世の中を変えようと戦うモードたちの「生きることへの強い意志」が感動的なヒューマンドラマだと思うのです。すべてを失っても折れずに運命に対抗し続けるモードこそ、その象徴です。

はじめから男女同権だったらこんな苦しみはそもそもないのだから、本作を「人生賛歌」と形容するのには気が引けてしまいますが。彼女たちの諦めない強い気持ちが世界を動かす力になったのは事実でしょう。モードたちに見せて恥ずかしくない世の中を作れているのか、そのことも改めて考える必要があると思いました。大傑作です。