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「グリーンブック」感想:グリーンブックとフライドチキン

こんにちは。じゅぺです。

今回は注目のアカデミー賞受賞作「グリーンブック」の感想です!

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「グリーンブック」は、誇り高き黒人音楽家ドン・シャーリーと、粗暴だが家族を愛するイタリア系用心棒トニー・リップが、ピアノ演奏会で南部を巡業するロードムービーです。アカデミー作品賞、助演男優賞脚本賞を受賞するなど、映画界でも高い評価を受けています。製作陣がドン・シャーリーの遺族側に脚本の事実確認をしていなかったことがのちに明らかになったほか、スパイク・リーなど黒人系の人びとを中心に「白人目線」で差別を描くことに対する批判が高まりました。日本公開前にこういう情報が流れてきて、先に知れてよかったんだか悪かったんだか…と思ってしまいましたが、作品自体は大変素晴らしいものでした!先行情報はノイズにならず、むしろまた違った見方で楽しめたかなと思います。

 

正反対の二人

「グリーンブック」の舞台は1962年の南部アメリカ。1963年にキング牧師によるワシントン大行進がありましたから、公民権運動まっただ中の時代ですね。当時、黒人に対する差別や偏見は非常に強く、「黒人専用トイレ」や「黒人お断りレストラン」が公然と存在していました。そんな時代に天才ピアニストとしてニューヨークで名を馳せていた(カーネギーホールの上に住んでるんです!)ドン・シャーリーと、暴行癖があり、仕事を転々としていたイタリア系のトニー・リップが「グリーンブック」の主人公です。ふつうに暮らしていたら絶対に交わらなかったであろう、立場も考え方も違う二人がいっしょに南部の風を浴びて、同じチキンにかぶりつきながら、心通わせ互いを理解していく。その過程が「グリーンブック」の肝になっています。

 

ドン・シャーリーの孤独

なぜドン・シャーリーがツアーをするのにわざわざ用心棒を雇う必要があるのかといえば、それはもちろん当時の南部の人種差別が時に黒人たちの生命さえ脅かす危険なものだったからです。ひとりで外の空気を吸いたいというささやかな気持ちも自由に叶えられません。酒場に行けば不良に絡まれ、車の後ろに乗っているだけで職務質問を受け、おもてなしの場でさえ「好物のフライドチキン」に現れた無意識の偏見に、屈辱をおぼえるのです。たとえ稀代のピアニストだとしても、すべては外見で判断され、その高潔な内面は評価されません。

白人たちがドン・シャーリーを「仲間」に加えることなど絶対にあり得ず、彼を評価するのはあくまで自分の社会的地位を確認するためのポーズでしかありません。シャーリーはどこまで白人のアクセサリとして求められ続けるのです。

その一方で、フライドチキンもソウルもジャズも知らない彼は「黒人」として見なされることもありません。旅の道中、エンジン故障で停車した牧場の柵の向こうからシャーリーを恨めしそうに見つめる農夫たちの目線と、ハンカチで汗をぬぐいながらそれを気まずそうに受け止めるシャーリーの対照的な姿は、なんとも残酷で絶望的なものでした。

しかも彼は両親がおらず、唯一の親族である兄とも疎遠になっています。仕事に打ち込んだ結果、愛する家族とも別れることになってしまいました。バイセクシュアルであるという誰にも言えない秘密も抱え込んでいます。スタンウェイで華麗にメロディを奏で、カーネギー・ホールの上で豪華な装飾品に囲まれた暮らしをするシャーリーは一見すべてを手に入れた成功者だけれど、ほんとうは寂しいのです。自分の居場所はどこにあるんだ、私にどうしろと言うのだと叫ぶシャーリーに、彼にしかわからない深い孤独を感じました。

ともすると独りぼっちで偏屈な金持ちになりかねないキャラクターですが、そこはマハーシャラ・アリの低音ボイスと、セクシーかつスマートな魅力が、彼を人間味あふれる温かな人間としての輪郭を際立たせています。クライマックスのバーで黒人たちに囲まれながら楽しげにピアノ演奏を披露するときのシャーリーの笑顔!とってもキュートで、好きにならずにいられない輝きに満ちていましたね。

 

トニーとシャーリー、小さな一歩

対する(というか本作の主人公である)トニーは、もともと差別的な人間でした。黒人の使ったコップをゴミ箱に捨てるほどに差別的な態度を隠さなかった彼ですが、徐々にシャーリーの人柄に惹かれ、かけがえのない絆を築いていくことになります。

もともとトニーはカッとなるとすぐ手が出るクセがあり、たびたびトラブルを起こしてきました。さらにトニー・"リップ"のあだ名通り、口からでまかせをいうのがうまく、人を欺くことに罪悪感を覚えることはありません。陽気で気立てはいいけれど、あまり関わりたくはないタイプの人間です。しかし、そこにドン・シャーリーという人間が現れることでドラマが生まれるのです。のちに触れるフライドチキンのシーンではこれまで平気でやっていたゴミのポイ捨てを咎められるし、お店の棚から落ちていた石を盗もうとすれば止められます。親に叱られる子どもみたいで笑えますね。

当初はそんな説教くさい態度にイヤイヤだったトニーも、徐々にシャーリーへの態度を軟化していきます。攻撃的なふるまいや差別的な言動も、シャーリーの高潔な心と彼の生み出す軽やかなメロディにふれるうちに、徐々に角が取れていくのです。シャーリーの上流階級としての生き方をそばでずっと見ていたことも、彼を洗練させる助けとなったかもしれません。トニーがシャーリーの助けを借りて手紙を書くシーンは愛おしくも感動的でしたね。使う言葉によってその人となりが現れるというように、はじめは愛妻への手紙もつたない言葉で綴っていたトニーですが、最後はシャーリーにも褒められるほど美しい形容であふれんばかりの愛を表現していました。

この旅で同行者に影響を受けるのはなにもトニーだけではありません。誇り高きドン・シャーリーだって、トニーからたくさんのものをもらいます。のちほどまた触れますが、印象的なのはフライドチキン。これまでナイフとフォークでしかお食事をしたことがなかった彼が、トニーのススメで初めて「黒人の好物」。素手で食べることになるのです。最初は脂が手に着くと嫌がっていたのに、その美味しさに気づくと嬉々としてチキンにかじりつき、しまいにはトニーの真似をして窓から骨を放り投げてしまいます。とっても可愛い、本作のハイライトととも言える場面です。上流階級しか知らなかった彼もまたトニーを通して新たな世界を知るんですね。

またトニーは、誰からも理解されず、居場所も見つけられないまま孤独を噛み締めていたシャーリーの毎日、寄り添いはしないまでも、ちょっとした灯をともしてくれました。音楽を富や名声を再確認するための飾り程度にしか考えていない金持ち連中に対して、いつも本気で楽しそうに音楽に耳を傾けていたのはトニーです。「あなたはあなたにしかできない音楽でみんなを楽しませている」と最大級な賞賛を送り、宙ぶらりんになっていたシャーリーのアイデンティティをまるごとそのまま肯定してくれたのもトニーでした。それから兄と仲直りするようにアドバイスもしていましたね。トニーもまた彼なりの実直さでドン・シャーリーと真正面から向き合っていたのです。

 

グリーンブックとフライドチキン

本作「グリーンブック」における最大のテーマは、黒人やイタリア系に対する差別や偏見です。タイトルにもなっている「グリーンブック」とは、南部でも黒人が安全に旅行できる場所を掲載した観光案内書のこと。ただ肌が黒いというだけで、彼らは人以下の扱いを受けていました。それがたったの50年ほど前に行われていたというのだから、驚くしかありません。先ほども触れた通り、フライドチキンは黒人奴隷が白人たちの余りの食材から編み出したソウルフードです。いまでも南部の名物として地元の人たちにも愛されているし、もはやアメリカを代表するグルメになっていますが、黒人たちはフライドチキンにつきまとうイメージと暗い過去の歴史に複雑な気持ちを抱いているようです。この二つの重要なアイテムが象徴するように、トニーとシャーリーの旅の背景には、陰惨で恥ずべき差別の歴史が横たわっています。そして、だからこそ二人のあいだに友情が育まれていくことに大きな意味があるのです。

でも、もっと深いところには人種や階級を抜きにした相互理解があるのだと思います。どれだけちがう道を歩んできた人でも、いっしょに思いっきりクルマで広野を突っ切って、カラッと乾いた風を吸って、美味しいチキンにかぶりつけば、相手の知らなかった顔が見えてくる。はじめは煙臭くて辟易していた車内も、いつしか安心してうたた寝をできるぐらい気持ちのいい空間になる。そして憎たらしい差別主義者との約束なんて放っておいて、二人でたのしくお酒をあおる。いま目の前にいる人は酷いことを言われれば傷つくし、殴られればあざが残る生身の人間なんだと、当たり前のことに気づき、本気で思いやれるようになれる。ほんとうに気持ちのいい話ですよね。もはやここには人種も出身地も性別も年齢も関係ない。本作には、人と人の心が交わることへの願いと希望が込められてると思います。

そういう意味では、旅って最高の舞台なんですよね。ロードムービーのいいところは「行って帰ってくる」ことです。同じ場所に帰ってきても、もはや違う人間になっている。まわりはその変化に気づくけど、案外自分ではあまりわかっていなかったりするんですね。逆に、こいつ変わってねーなっていう笑いもあるのが、この映画の味わい深いところです。特に最後の奥さんの言葉!「手紙のこと、ありがとう」って。とっても愛を感じます。そして何より、奥さんには全てお見通しってことですね笑 

 

アカデミー脚本賞とったのも納得の緻密さでした。チキン、拳銃、パトカー、手紙などのアイテムの使い方も憎い。苛烈な差別の実態になんども胸が締め付けられましたが、それでも人はわかり合えると信じたい。そう思える作品でした。アカデミー賞も納得です。