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「切腹」感想:「武士道」の欺瞞を暴く

こんにちは。じゅぺです。

今回は小林正樹監督の時代劇「切腹」の感想です。

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切腹」は、幕府による支配で「武士道」が失われた世を描いています。シンプルなタイトルの通り、物語は戦国時代の武士たちが大事にしていた切腹をめぐる騒動を中心に展開します。

「武士道」というと、僕はポジティブな文脈で聞くことが多いと思います。礼儀を重んじ、修行を通じて技と心を磨き、常に「武士」であろうとする。そんな生き様は日本の美徳である言う人もいますが、本作はそんな「武士道」を徹底して批判的に描いています。たしかに見た目は美しいかもしれない。けど、本当にその通り純粋に「武士道」を貫いて生きている人なんて、本当にいたのでしょうか。「武士道」を称揚する侍たちも、所詮は幕府という強大な権力機関で働く官僚でしかなく、建前を並べ立てて満足する生き物なのです。そこに私たち現代人が求める「日本人の美徳の原点」などなく、血生臭い争いが繰り広げられていたと。非常に皮肉っぽい話になっているんですね。

そのことをまざまざと見せつけられるのが、求女の切腹の場面です。彼は妻と娘の薬代を手に入れるため、井伊藩の屋敷の前で切腹を願い出て、あわよくばお金を無心しようとする、貧乏浪人なのでした。しかし、井伊藩は、もしお金がもらえると噂が広まると面倒だということで、本当に切腹を命じてしまうんですよね。

しかも、切腹のさせ方が非常にサディスティックで残酷でした。刀を質に入れ、竹光しか持っていなかった求女に、竹光のままで切腹をするように命じるのです。しかも「武士道」に反するということで、しっかり腹を裂ききるまで介錯はしないというのです。思わず、こっちまで脂汗を流してしまいました。

たしかに、覚悟を決めて腹を切る求女の姿は潔く美しく見えました。しかし、お金がなければその精神も報われない。本当に元も子もない話です。この話のどこに「武士道」があるというのでしょう。

この腐った侍の世界に一人抗うのが、求女の義理の父である半四郎です。自らのプライドと生活を守るために都合よく「武士道」を振り回す連中が大半の中、最後まで武士の魂を守り抜く半四郎がカッコいい。しかし、彼もまた最後は井伊藩の力に屈し、散り去っていきます。そして、求女の死も、半四郎の反抗も、中間管理職の嘘によって隠蔽されます。結局、鈍くて強欲な人間ほど生き残るのです。建前だけは立派な権力に殺されていく貧乏侍たちが哀れでした。

映像面でもみどころがあります。シンメトリーで奥行きの深い構図、極限の精神状態を切り取るクローズアップ、舞台的な照明など、アーティスティックで引き込まれました。

国際的な評価が高いのも納得です。侍たちの卑怯な仕打ちと権力の腐敗は、残念ながらいまの政治を見ても変わらないなあと思います。非常に満足のいく作品でした。