映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「スリ 」感想:物語る「手」

こんにちは。じゅぺです。

今回はロベール・ブレッソン監督作品「スリ」について。

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「スリ」は、スリにのめり込んでいく青年ミシェルと、彼の母のアパートの隣室に住むジャンヌが、恋に落ち惹かれあっていく様を描く作品です。冒頭に「これは刑事物ではない」と字幕が出てくる通り、これはスリという犯罪そのものよりも、ミシェルの魂の徘徊と、その行き着く先にあるジャンヌへの愛が主眼になっています。

ロベール・ブレッソン監督の作品は「少女ムシェット」と「バルタザールどこへ行く」を見たことがあります。どちらも人物に表情の変化が乏しく、淡々と対象を写すため、初見時は難解な印象を受けたのですが、そのあとブレッソンの「シネマトグラフ」の考え方を知り(といっても深くは理解できてませんが)、ある程度腑に落ちた、といったところです。正直、よく名前が挙げられるほどには良さがわからないな〜と思っていました。

しかしこの「スリ」は前に見た2作に比べるとわかりやすく、非常に楽しめました。本作は「手」こそが真の語り手になっています。雑踏に紛れて伸びる指の軽やかな動き、静寂の中に訪れる一瞬の孤独。スリをする場面は、これぞ映画というべき快楽と緊張感にあふれていました。盗みを犯すその瞬間、ミシェルの存在は世界から消えます。誰にも気づかれないように気配を消す、たった数秒の戦いの間、ミシェルは独りぼっちになるのです。

ミシェルは感情を見せません。表情もほとんど変化しない。だけど、そこにこそ彼の孤独を見つけられると思います。一時の気の迷いから始まったはずのスリが、彼の心のすきまにぴったりとハマったのでしょう。手先が器用であったばかりに、進むべき道を見誤ってしまうのです。一方で、スリを始めなければジャンヌと出会うこともなかったというところに、人生の皮肉を感じます。

物語は、競馬場に始まり、競馬場で終わる円環構造になっています。スリという冒険に身を投じ、大きな回り道をした末にミシェルがたどりつくのはジャンヌ。ラストシーンで、牢屋越しに頬を寄せ合う二人の美しさ!今井正監督「また逢う日まで」を思い出す。ささやかながら複雑な迷宮のゴールにある、儚くも希望に溢れた景色。非常に素晴らしい作品でした。