映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「ラルジャン」感想:一瞬の無駄のない完璧な87分間

こんにちは。じゅぺです。

今回はロベール・ブレッソンの遺作「ラルジャン」の感想です。

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ロベール・ブレッソン監督といえば、独自の理論に基づき構築された静謐かつ無駄のない演出が特徴的でしょう。未読ですが、彼の映画論が記された「シネマトグラフ覚書」は多くの監督に影響を与えました。僕のオールタイムベストの一本「ハッピーアワー」を監督した濱口竜介ブレッソンの理論を土台にして独自の「濱口メソッド」を編み出しています。

https://eigakyorozin.hatenadiary.jp/entry/2018/08/30/090039

僕はこれまでブレッソンの作品は「少女ムシェット」と「バルタザールどこへ行く」を見たのですが、正直あまりハマりませんでした。無駄を削ぎ落とした究極にシンプルな演出がイマイチ馴染まなかったんですね。しかし、ようやく「スリ」でその面白さに気づき、ついにこの「ラルジャン」でどっぷり彼の世界に浸かることになってしまいました。とんでもない大傑作です。以下、その良さについて考えていきたいと思います。

ラルジャン」は、小遣い欲しさの少年の小さなウソが、大人たちの醜いごまかしを招き、やがて一人の妻子持ちの男の人生を大きく狂わせてしまう…というお話。「少女ムシェット」や「バルタザールどこへ行く」に比べるとストーリーに起伏があり、まず前提として見やすい内容になっていると思います。偽札がキーアイテムになっており、たった一枚の紙切れで堅実に生きていた一人の人間の将来をメチャクチャにしていく…という冒頭からは全く予想もつかない展開はサスペンスとして面白いと同時に、この世の不条理を冷酷に突きつける人間ドラマにもなっていて、非常に素晴らしい脚本だと思いました。

そして、この濃厚な脚本をたった87分でまとめ、芸術作品として一級のものに昇華させるブレッソンの演出が絶品なのです。刑務所の食堂で杓子が滑る音、老婆の手にかかるコーヒー、血の匂いに騒ぐ犬。感情を排し、断片的な音の情報だけですべてを物語ります。最小限の面積に様々な記号や意味が詰め込まれているので、ただ受け身で見ていると見落としも多いと思います。

非常に興味深いのが、この映画は人物のテンションのピーク、感情がもっとも高まる部分は、あえて「見せない」という選択をすることです。リュシアンが警察に捕まる現場も、イヴォンヌが食堂で暴行を働いたり、娘の死を知り絶望する様も、その「前後」しか描かれません。演劇的な俳優の演技を徹底的に嫌ったブレッソンならではの見せ方だとは思いますが、おかげでとてもシャープで洗練された印象を与えます。

また、執拗なまでに繰り返し登場する「扉」も印象的でした。僕は人物が扉の向こう側へ行くたびに、物事が悪い方向へ転がる不吉な予感がしました。「こちら」と「あちら」を区切る扉は、そこにいることを厳しく拒絶しているかのように映ります。

映画の面白さはリズム=編集が大きく左右するのだということを改めて実感しました。エッジの効いたショットのつなぎが独特のリズムを奏で、うねるようなダイナミズムを生み出しているのです。極限まで無駄を削ぎ落とした演出には、運命に振り回される人間たちへのどこかシニカルで冷めた目線すら感じます。心震える大傑作でした。