「リチャード・ジュエル」感想
リチャード・ジュエル、みた。爆弾テロの被害を最小限に食い止めた英雄が一転、容疑者としてFBIとマスコミの追及を受けた実際の事件を基にした作品。逮捕歴ありで実家住まい、趣味は銃撃の肥った貧乏白人。彼にだって無性の愛を注いでくれる母がいて、信頼できる友人がいる。当たり前のことなのに…。
マスコミは目先のスクープと手柄に目がくらみ、罪もない人を犯罪者に仕立て上げる。メディアスクラムの弊害はたびたび問題になってきたけど、結局自分たちから変えられなかった事実は、間違いなく昨今のマスコミ不信の原因のひとつであろう。
また、メンツのために、時にリチャードを騙してまで強引に捜査を進めるFBIも醜悪だった。ろくに証拠固めもせずにリチャードを犯罪者像に当てはめて、挙げ句の果てにマスコミに情報をリークしてしまうのは、呆れるほかなかった。若き日のワトソンがリチャードにかけた言葉を思い出す。
「権威は人を狂わせる」と。ショウ捜査官も、スクラッグス記者も、権力の魅力に呑まれてしまったのだろう。彼らには、あくまで自分たちがルールと人々の信頼のもとで力を預かっているに過ぎないという意識が欠けていた。社会や組織のダイナミズムに流され、プライドに溺れた可哀想な人たちとも言える。
時に軽率で愚鈍にすら映るリチャードだが、その純粋な心と強い正義感で、社会の不条理と戦う姿はヒーローだった。彼を見て思い出したのは「ハクソー・リッジ」のデズモンドだ。周囲の〈普通の人〉からすれば異常に近い、混じり気のない勇気が、日常からかけ離れたカオスな空間で突然輝きだす。
戦場でしか聖人たり得なかったデズモンドと、執着に近い観察眼で結果的に多くの命を救ったリチャードは、じつは近い人間なのではないかと思う。そんな彼がいきなり身に降りかかった試練を乗り越え、力強いまなざしで戦う様はとてもカッコよかった。そしてどんなことがあろうと息子を信じ続ける母の愛!
リチャードにたいする同情もあったけど、どちらかというと母親の気持ちを想像し、胸がぎゅっと締め付けられた。決して豊かではない暮らしを息子と二人で。それなりに慎ましく暮らしてきたところに土足で入り込むマスコミたち。辛かっただろうなあ。