映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「スパイの妻 劇場版」感想

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スパイの妻、みた。スパイ疑惑の夫と幼なじみの憲兵の間で揺れる妻を描くポリティカルスリラー。3人の思惑が複雑に絡みながら流転する展開は濱口竜介テイスト。高橋一生の品のある胡散臭さ、東出昌大の人外感はさすが黒沢清演出。広げた風呂敷に比べてミニマムなスケール感の映像はTVドラマ的。傑作!

濱口竜介×野原位の脚本は「ハッピーアワー」との共通点を探したくなる。人間、表に見える姿と、裏で考えていることにはギャップがある。その反転と裏切りが執拗に描かれるのがこの映画の肝であると思う。しかし、個人的にあの着地は否定的。もう一捻り、あるいは映像的なパンチを期待してしまった。

たとえば「ハッピーアワー」の主人公の背中から望む神戸の青い海と空、あるいは男と女の断絶をまざまざと突きつける「寝ても覚めても」の濁流…のような衝撃はなかった。あの気の抜けたテロップ処理も含めて。終わって欲しいところで終わってくれないと…という気持ちがどうしても湧いてくる。

感想を漁っていると「映画的」という言葉が散見されるが、むしろ映像の質感としてはTVドラマ的だ思った。技術的な話は分からないけど8Kから劇場仕様に変換したところでそうなったのか。奥まで綺麗に見通せるような、光の軽さ?というか。大河ドラマのスタッフが関わってるのと無関係ではないだろう。

この例えが適切なのかは分からないが、感覚的には「相棒」の劇場版に近いものがある。そもそも作り手が大スペクタクルを撮るつもりないのだろうけど、太平洋戦争と国家機密というテーマを扱いながら基本的に密室劇に終始するスケール感のギャップが、TVドラマ的というか古典スリラー的というか。

それはある意味でこの映画の根幹とも繋がっている。「僕たちの見えないところで何か悲惨なことが起きている」そして「僕たちはそれに目を向けない or 隠されている」ということ。全貌が見えず、裏で何が起こっているか分からないからこそ不気味なのである。

さらにこれは現実の世界、今日の日本社会でも起きていることだ。中国共産党によるウイグル人迫害でもいいし、官邸と省庁の隠蔽・改竄体質に重ね合わせてもいい。すぐ隣にいる人を愛することと、正義を貫くことが両立しない。抑圧のジレンマに僕らは生きている。非常に現代的なテーマだ。