映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「あのこは貴族」感想

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あのこは貴族、みた。生まれも育ちも渋谷区松濤の華子と、富山から上京して働く美紀。東京はデカくて寛容なようでいて、じつは小さなムラの集まりなのだ。この階層からは抜け出せないのかもしれないという息苦しさ。しかしそのうっすらと続く微温的な地獄に、ふと新しい風が流れ込む。これは傑作!

東京の街中歩いてると「この高級ホテルはどんな層が使ってるんだろう」とか「角の先にお屋敷がいっぱい並んでいるな〜」みたいなことを思う機会は多々あり。ただ、実際その層の人たちと出会うことはないし、どんな生活をしているかも全く見えないわけです。暮らしてる空間が庶民と違うから。

だから富裕層の実態は分からないのだけど、正月からタクシーに乗り、高給ホテルで晴れ着姿の親戚たちと会食をする冒頭のシークエンスはゾクッとして。ちょっと怖くなるぐらい「リアル」だった(彼らを知らないのでどこまで本当なのか知らないけど笑)。お前らここでこんなことしてたのか!みたいな。

華子は正月にきらびやかな丸の内のビル群をタクシーで抜け、ホテルへと向かう。一方の美紀は、弟の車の助手席で、富山駅前のさびれたシャッター街にため息をつく。異なる世界の住人たち。同じ日本人なのに、見える景色はまったく違う。みんな触れないけど日本には「貴族」がいる。みんな平等ではない。

ホテルのカフェテリアで食器を落としたとき、自分で拾おうとする美紀と、手を挙げて店員を呼ぶ華子。所作ひとつ取っても「生まれ」の違いが出る。彼女は高層ビル群のすきまから見える東京タワーを「新鮮だ」と言った。松濤のお屋敷から東京タワーは見えないから。なんてせまい世界なんだろう。

華子が青木家に「ごあいさつ」に伺う場面。あの窮屈で酸素の薄い空間に、こじんまりとたたずむ幸一郎を見たとき、ああ、この人に自由はないんだなと思った。後継を生む、地盤を継ぐ。ほとんど「身分」を守るために生きているようなものである。しかも彼は弱音を吐かない。そこが怖い。

はじめからサイズの合わない結婚指輪、扉の向こうで知らない誰かと話す夫。見てくれると約束してくれたはずの「オズの魔法使」。あらかじめ決められたシナリオを生きる窮屈な人生。一方、富山から成り上がってきた美紀も「老後の暮らしはどうなるか」と友人と嘆息する。この映画は東京の空を映さない。