映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「ラーヤと龍の王国」感想

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ラーヤと龍の王国、みた。これは面白い!この映画に完全無欠の人は居ない。プリンセスは人間不信だし、だれもが少しずつ過ちを犯している。だって、現実に分かり易い「ヴィラン」なんていないじゃない?ところでほぼ全編コロナ禍のリモート製作というから驚き。アフレコも演者が家で声を撮ったらしい。

だれもが抱える偏見について描いた「ズートピア」が、最後に倒されるべきヴィランを登場させ、勧善懲悪の図式に持ちこんでしまったことは、いまから振り返ってみると少々まずかったのだけれど、「ラーヤと龍の王国」はその問題を軽やかにクリアしている。分断は「だれが悪い」に回収できない問題だ。

ドルーンという煙の怪物が出てくるけど、これはほとんど自然災害か怪獣のような描かれ方をしていて、なんらかの意思を持って王国に攻め入るヴィランと呼べるものではない。クマンドラで起こっている問題は、日常生活のイザコザに還元することもできれば、国際紛争の根源を突いているとも言える。

言い換えれば、人類史と共にある戦争の歴史も、ご近所さんとのトラブルや、友人とのケンカと、実は根っこの部分で通じているのだ。だからこそ、この問題は解決が難しいと言えるし、もしかしたら…という希望を見出すこともできる。このテーマを描く上で、ナマーリのキャラ造形は絶妙だった。

正義の反対にあるのはもうひとつの正義だなんて陳腐な考えは避けるべきだ。ラーヤとナマーリにはそれぞれ信念があり、抑えられない憤りや、ちょっとした罪悪感を抱えている。「正義」というと反論を寄せつけない絶対のモノのように聞こえるが、ふたりは迷いながら前に進んでいる。

彼女たちに共通しているのは「世界をもっと良くしたい」という信念だ。そして、みんな何かを失った虚無感でつなぎ止められている。はじめの水晶を手に入れる砂漠のシーケンスは「風の谷のナウシカ」を思わせるディストピア。しかし、全体的に「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」を連想させる。

冒頭のお父さんとのエピソードは、そのまんま「オーブ」を盗もうとするクイルのイメージと重なるし、旅の途中でならず者たちをリクルートし、同じ「船」で冒険していく様は、まさしく銀河の守護者だ。クライマックスの描写も、もしかして…と思うところがある。

ところで、ディズニープリンセスで「パルクール」の動きを取り入れたアクションはこれが初めてではないだろうか。いよいよヒロインが武闘派であることにケチをつける人も減ってきた。物語のカギを握るキャラはみんな女性で固められているが、かといって敵を「父権制」にしなかったのが良い。

ラーヤやナマーリ、シスーは「女性」というラベルで判断されない。かなりニュートラルな設定になってきた。「アナ雪」で「白馬の王子様」を否定し、「ズートピア」で「かわいいウサギ」の役割を突き返した。「モアナ」はまだまだ「活発な女の子」の面が強調されていたが、ラーヤはその一歩先だと思う。

細かく見れば、ナマーリの母親のくだりはどうなった?など気になる部分はあるし、東南アジアの文化をモチーフにしながら、ビジュアルの面で新しい驚きはなかったな、という落胆はある。個人的にここ数年のCGアニメは表現が頭打ち。4K制作の「トイストーリー4」も、綺麗だな、以外の感想なかったし。