映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「総理の夫」感想

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総理の夫、観た。最初から最後までなにもせず、ただ動揺してわめくだけの主人公にうんざりしてしまった。思考停止した中年の醜態を二時間見て、何を感じろというのだ。昭恵への当てつけだというならまだわかる。しかし、本来は昨今の政治への風刺だったであろう要素も単なるコメディに還元されていた。

と思ったら、原田マハの原作には昭恵本人がコメントを寄せているらしく、さっぱり何がなんだか分からなくなった。田中圭の軽薄な男の演技はたいへん素晴らしい。もっと中谷美紀のペット的な立ち回りかと思ったが、良かれと思って事態を悪化させるので、それ以上にタチが悪い。

「ヒノマルソウル」や「哀愁しんでれら」でも、必死ではあるが決して観客の同情を寄せ付け過ぎない、絶妙なラインを攻めているのが田中圭の良いところだ。そして、中谷美紀が素晴らしい。たしかにリーダーとして人を惹きつける魅力がある。彼女が主人公でも良かったのでは?田中圭を完全に食っていた。

たとえば日本の政界における女性政治家の地位、終盤の「女性としての人生と、仕事を通した自己実現の両立」といったテーマは極めてアクチュアルだし、ワイドショー政治への批判(相馬総理とファーストジェントルマンをアイドルのように追いかける支持者!)は一応描かれてはいる。

おそらく原田マハの原作は(読んでないけど)そこらへんの要素をアイロニーとして盛り込んでいたはずだが、河合勇人の演出にかかると、ただリアリティラインが低いだけで、考えもなしに動く妙なモブキャラにしか見えなくなる。仮に原作がそうでないにしても、読み替えて撮った方が奥行きは出ただろう。

日和は「ファーストジェントルマンとして総理である妻を支える」と言うが、じっさいはただ傍観しているだけで、愚痴も吐かず、言われたことには従順に従うものの、主体的に何かをすることはない。しかも、それは最後まで変わらないのだ。最後まで妻のエネルギーに頼り切っている。魅力のない人物だ。

なにか決心して動いたと思えば、それは単なる現状追認に過ぎず、がんばる妻を「支える」と言いながら、何もかもが受動的なのだ。いまだに「ガラスの天井」という言葉が現役の世の中で、「総理の夫」たる人物の振る舞いがこれで正解なのか。それとも、日和の愚鈍な振る舞いはすべて皮肉と捉えるべきか。

ただ、クライマックスはとても感動的に「仕立てられている」ので、おそらく日和のキャラを嫌味であのように描いているつもりはないのだろう。そもそも日和がいくらあの場面で立ち上がろうと、その手前で何かしてれば妻はああやって窮地には陥らなかったはずだが…。すべてがモヤる映画だった。