映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「DAHUFA 守護者と謎の豆人間」感想

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DAHUFA 守護者と謎の豆人間、観た。中国発のバイオレンスアニメーション。「羅小黒戦記」の演出力の高さを改めて知ることになった。虐げられる「豆人間」を共産党に抑圧される少数民族に読み替えることは可能だが。コミカルなキャラデザもグロとのギャップを生むほどではなく、むしろチグハグな印象。

アクションシーンの面白さは演出力に相当左右されるのだと知った。キャラクターはガチャガチャ動くのだが、シーンそのものに変化がないので、代わり映えのしないアクションが続くことになる。ダフファーの独白も監督いわく「作家性」らしいが、心象表現をことばに頼ってしまっているように見える。

ダフファーの脇に居るゆるキャラも、ゆるキャラの域を出ないまま終わる。そもそもこの作品のリアリティラインが中途半端な形で示され、それが確定しないまま話が進むので、「豆人間」がこの世界でどれぐらい異様な存在なのかピンとこない。デザインは面白かったけど。売りのゴア描写もワンパターン。

お色気シーンもあるのだけど、とってつけたような挟み方で必然性を感じない。そもそもあのキャラ必要だったか?おそらく「羅小黒戦記」の成功を受けて配給してくれたんだと思うんだけど(本国の公開は2017年だし)、発展途上の中国アニメを見届けたいのであればオススメ…と言ったところ。

「17歳の瞳に映る世界」感想

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17歳の瞳に映る世界、観た。オータムの旅は行き当たりばったりで、観ている間ずっと不安だった。どうしてそっちを選ぶ?と何度思ったか。でも、彼女は自分で決断する、大きなカバンを担いでふらふらと前に進む。17歳の彼女はそうするしかなかった。彼女の心をこじ開けるのが「四択」というのが切ない。

「Never Rarely Sometimes Always」の原題は秀逸だ。たしかにこれを日本語に落とし込むのは難しいが、残念ながらこの邦題では食指が動かない。オータムは全然笑わない、冗談も言わない。舞台に立てばメス犬とからかわれ、家の中でも小さくなっている。妊娠を知って唯一はじめるのはピアスの穴あけだ。

16mmフィルムのザラついた映像で描かれるニューヨークはいかにも薄汚く、人が多くて疲れる場所に見える。ハリウッド映画が切り取ってきたような煌びやかさはそこにはない。この映画でいちばん印象的な風景は、おそらく「深夜の駅のエスカレーター」だろう。タイムズスクエア自由の女神も出てこない。

この映画で描かれる「男性への嫌悪感」は凄まじく生々しい。自分もまたこの中に含まれる存在なのだと強く自覚しなければならない。スカイラーに絡むスーパーの客、マジックミラーの向こうの店長、そして、バスでふたりをナンパする青年。「いやお前には興味ねーから」って気付かない。気持ち悪い笑

特にナンパ青年、クネクネしながら「ダウンタウン行こうよ」とか「お酒飲まない?」って露骨にヤりたいオーラ出してくるのでゾワってしてしまう。少女たちにとってそういった性的な眼差しにさられるのが珍しくないことは、諦め悟ったような避け方から見て取れる。なんなら「来るぞ」って身構えてる。

オータムは妊娠しても親に相談できない。ニューヨークに行ってからもいくつかターニングポイントはあるのだが、いずれもノープランなのに「自分でなんとかする」を選ぶ。あまりに危なっかしい。この判断力の鈍さは、17歳の幼さとも言えるだろう。しかし、それ以上に彼女は「そうするしかなかった」。

オータムは妊娠しても親に相談できない。ニューヨークに行ってからもいくつかターニングポイントはあるのだが、いずれもノープランなのに「自分でなんとかする」を選ぶ。あまりに危なっかしい。この判断力の鈍さは、17歳の幼さとも言えるだろう。しかし、それ以上に彼女は「そうするしかなかった」。

「犬部!」感想

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犬部!、観た。誠実に作られた快作だ。「どんな命も見捨てない」と獣医をめざす花井と、彼に賛同して集まった「犬部」の物語。花井の夢はあまりに壮大で、綺麗事と云うひともいるかもしれない。それでもピュアに夢を追い続ける彼は、たしかに小さなところから命を救っていく。思ったより良かった。

毎日たくさんの犬や猫が捨てられ、愛護センターでは炭酸ガスによる殺処分が行われている。獣医として、この問題にどう立ち向かうか。だから当然、「犬はパートナー」みたいなぬるい決着にはならない。花井は「ぜんぶの命を救えるはずだ」と「犬部」を立ち上げる。映画は「犬部」のその後を描く。

林遣都はキリキリした純粋さを出すのがうまい。これは「火花」でも感じた。あのまん丸のクリっとした瞳が少年のようにまぶしく、みずからの保身や名誉など一切考えず、ひたすらに動物のしあわせのために身を粉にする様が危うくも見える。彼の親友となる中川大志の純朴さも良い。

しかし、中川大志の演技が印象的なのは、その瞳に「迷い」がチラつく瞬間があるからなんですね。逃げ出した実験用の犬を保護するくだりでも、中川大志の方は「これはやっぱりやめたほうがいい」と云う。一方の林遣都は「絶対に守る」と。ここの選択のちがいが、じつはクライマックスまで尾を引くのだ。

大原櫻子も単なる添え物にならず、林遣都中川大志とも異なる、バランス感覚を持った人物として描かれる。浅香航大はエリート感が絶妙。「今ここにある危機と僕の好感度について」に続き安藤玉恵の「お目付役」ポジションが光る。螢雪次朗岩松了は言わずもがな。こちらも犬を見る「目」が良い。

花井が「外科実習」を断るために猛勉強した過去や、「犬部」のメンバーが獣医の卵として彼の活動に関わっていく背景、「犬部」のおかげで犬と出会えた少女のお話など、とにかく物語の散りばめ方がうまい。エピソードの寄せ集めにならず、しっかり一本の映画になっている。脚本が相当良いと思う。

この映画を見て安易に「犬を飼おう」と思わせないように作っているのが誠実だと思った。これはペットの殺処分を減らすために奔走する獣医の話だけど、当然、観客は「ペットを飼うとは、いかに責任の重いことなのか」を知ることになる。かわいい犬の映像を期待すると面食らうだろう。

「プロミシング・ヤング・ウーマン」感想

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プロミシング・ヤング・ウーマン、観た。すさまじい毒を持った映画だ。これ観て「痛快!」って気分にはとてもじゃないけどならない。「お前はどうなんだ?」「無関係だと思ってないよな?」と迫るような。交差点で立ち尽くすキャシーが印象的。ずっとそういう人生だったのだろう。ラストカットが強烈。

観ていて楽しい映画では全くない。キャシーの「復讐」は正直脇が甘くないか?と思いながら観ていたが、多分その感想は正しい。キャシー自身、なにかを過去に置いてきてしまったような人物として描かれているからだ。マディソンを招いた、彼女の自室の様子は特にそれを表していたと思う。

ピンクで彩られたがらんどうの部屋と、どこかくたびれた水色のワンピースは、彼女の人生が大学生の頃から停滞しているのを教えてくれる。マディソンの大人っぽいノースリーブとのセンスの対比。これを童顔で優しそう(けど若干の垢抜けなさもある)なキャリー・マリガンが演じているのが肝だろう。

過去を描いた作品でありながら、(俺の見落としがなければ)一切回想の形を取らずに描いているのが面白い。キャシーとその友人を襲った禍々しい出来事は、すべて「現在」の関係者の口から語られる。作り手の「描いてはならない」という線引きなのだろう。それは極めて真摯で、正しい態度だと思う。

「アカデミー脚本賞」を獲ったのも、敢えて中心部分を回避しながら物語を組み立てたアプローチのすばらしさを評価されてのものではと思うのだけれど、一方、個人的にそこが映画的なスリル(それを求めるのも間違ってるのかもしれないが)には繋がらなかった。

「嵐電」感想

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嵐電、観た。生活の場としての京都という切り口は新鮮だ。地層のように積み重なった日常の匂いと人びとの記憶。ゆったりと落ち着いた雰囲気のファンタジーながら、ギョッとするカットのつなぎを多用しており、油断ならない。ただ、全体的な空気の良さに引き込まれつつ、自分には馴染まない映画だった。

実質主演の大西礼芳は、この人でなければ「嵐電」は「嵐電」たりえなかっただろうと確信できるぐらい、その独特な佇まいで作品を引っ張っている。いい意味で何を考えてるのか読めない目をしてますね。駅の前で待ち伏せしてた金井浩人に気持ちをぶつけるところとか。先の見えないスリルがあった。

すっごく内向きで冷たい人にも見えるし、逆に熱いハートを秘めた「恋をする人」にも見える。過去と現在と未来が、フォトアルバムみたいに街の至るところに散らばっているこの映画において、彼女の「読めなさ」はスリリングな緊張感をもたらしている。

一方、金井浩人は「何故この人に惹かれるのか」を納得できるほどの存在感を見出せなかった。「きらきら眼鏡」でも主演していたが、正直、あまりインパクトのない役者である。鎌倉から取材に訪れた井浦新はある種「旅人」と言っていい役柄だが、地元で働く大西礼芳の方がよっぽど異質感を放っている。

嵐電」の井浦新の演技は少々主張控えめな気がしていて。あくまで一歩引いて物語をまわす側の立場なので、それが正解なのかもしれないけど、個人的には物足りなさを感じる。もしかしたら、俺が彼の演技からなにかを感じられるほど丁寧に観ていなかったからなのかもしれないけど。

引き出しの少なさがバレるけど、井浦新が畳の間で妻と電話してると思ったら、真横に布団に包まっている彼女が現れる中盤のふしぎな演出は、アピチャッポンの「ブンミおじさんの森」を思い出した。しかし、終わってみると全然そういう話でもなかったようだ。結局この映画なんなのかを掴みきれていない。

「歌え!ロレッタ愛のために」感想

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歌え!ロレッタ愛のために、観た。大傑作!どこにでもいる歌好きの田舎娘が、夫にもらったギター片手にスターダムを駆け上がる。この時代の音楽シーンはカーステレオから生まれたんだ。ラジオ局をまわりながらグランド・オール・オプリを目指すまでの長閑さと、スターの孤独に苦しむ後半の落差よ。

シシー・スペイセクは個性的な女優だ。ただ顔が綺麗なだけなら他にもっとすごい女優はたくさんいるけど、彼女のおっかなさや、独特のかわいらしさは唯一無二と言っていい。夫のドゥーを演じるトミー・リー・ジョーンズも良い。献身的な愛を見せる優しさと、雄々しくもスターの妻に引き目を感じる弱さ。

ドゥーはいつもクルマに乗ってやって来る。偉そうに軍服着てブッチャー・ホラーへ凱旋して来たときもジープに乗っていた。ロレッタを初めてデートに誘うのもボロボロの愛車。そして、もちろんふたりで南部のラジオ局を回って足で稼ぐときもクルマ。カントリーの女王は夫の車の助手席に乗っていたんだ。

ロレッタの父が死んだとき、ドゥーはブルドーザーでお墓にやって来る。「これで道が広くなっていつでも来れる」と。しかし、ロレッタがスターになり、トレーラーで各地を巡業するようになると、運転手・ドゥー/助手席・ロレッタの関係は崩れる。孤独を感じたドゥーはクルマの中で「浮気」をする始末。

そういえば、ドゥーがロレッタも離れて地元でやる仕事はクルマの修理工だった(=夫婦の関係の修復と読めるだろう)。しかし、その願いも虚しく、ロレッタはついに壊れる。ステージの上で歌詞が出てこない、ライブの前に「もうやりたくない」と涙を流す。ここは本当に胸が痛くなった。

助けを求めても、だれも自分の気持ちに気づいてくれない。ステージの袖で夫に「俺には何もいえないんだ」と返されたときに、すべてがぷっつん切れたのかもしれない。心配する観客の目線が刺さるように痛い。あたふたと子どものように戸惑うロレッタの姿。あまりに切ない。オスカーの主演女優賞も納得。

最後、時間をおいてふたりの絆は修復する。ロレッタもまたスターとして再び舞台に立つのである。その復活は、ドゥーとロレッタがだだっ広い牧場で、さわやかな夕風を浴びながらドライブする場面で印象付けられる。ジープの運転席にドゥー、助手席にロレッタ。あの頃の気持ちを取り戻した夫婦の姿。

原題はロレッタ・リンの同名曲から引用した「Coal Miner's Daughter」。「炭鉱労働者の娘」の意味。下積みもなくスターダムを邁進して来た彼女のアイデンティティを示す、すばらしいタイトルだと思う。べつにロレッタは「愛のため」に歌ったわけではないので、邦題はピントがズレている。

あと粗野な夫が「妻の歌を聞くのが好きだから」と誕生日プレゼントにギターを与え、やがてレコード会社に売り込み、ツアーに帯同し…と妻の成功のために献身的になっていく様が感動的だ。「芸能人」になっていく妻に距離を感じて不貞腐れるのも人間臭くて嫌いになれない。優しさと危うさが同居する。

マイケル・アプテッド監督の作品はあまり観ていないが、ヨアン・グリフィズ主演「アメイジング・グレイス」も素晴らしかった。オーソドックスながら堅実で、非常に感動的だったと思う。残念ながらことし亡くなったらしいが、ほかの作品もチェックしようと思う。

「男はつらいよ 寅次郎春の夢」感想

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男はつらいよ 寅次郎春の夢、観た。アメリカからやって来た行商人・マイケル。「アメリカ人は嫌いなんだ」と騙して梅干し食わせて逃走したり、日本語分からないと罵声を浴びせたり、とにかく寅さんの悪行が目立つが、ことばが通じなくても「男」として理解し合えるふたりの関係が良い。異色の傑作。

ひさびさに「男はつらいよ」を観て、こんなに音楽よかったっけ?と。香川京子林寛子(メチャクチャかわいい)に「離れていても愛は通じる」と説く寅さん。直前までのコミカルなトークと打って変わってロマンティックな語りの背景に流れる、美しいバイオリンの音色に心奪われる。

この歳になっても失恋して苦しむって、ホントに情けなくてダサいけど、それでもステキな人に出会ったら心は躍るし、つい失敗もしてしまう。マイケルを演じるハーブ・エデルマンの窮屈そうな背中が愛おしい。さくらに思わず告白してしまうクライマックス。あの狭っ苦しい畳の間でやるから余計に切ない。

好きなのは寅さんとマイケルの別れの場面。前の晩からヤケ酒で、朝焼けに包まれた上野駅で最後のことばを交わす。昔から旅人が交わっては別れて来たこの場所で、ふたりのモテないおっさんが互いの健闘を祈り合う。不忍改札の前の横断歩道、別れたふたりを絶つクルマの往来。とても美しい場面だ。

「I love you」と「impossible」。アメリカ人から見た日本人夫婦の「愛のなさ」から生じるすれ違い。「いいか、へこたれるんじゃないぞ。今にきっといい事あるからよ。おめえなら幸せなれるからよ。」どんな相手でも一回喧嘩しちゃえば分かり合える。寅さんは幼稚だが気持ちの良い人間だ。