映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「歌え!ロレッタ愛のために」感想

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歌え!ロレッタ愛のために、観た。大傑作!どこにでもいる歌好きの田舎娘が、夫にもらったギター片手にスターダムを駆け上がる。この時代の音楽シーンはカーステレオから生まれたんだ。ラジオ局をまわりながらグランド・オール・オプリを目指すまでの長閑さと、スターの孤独に苦しむ後半の落差よ。

シシー・スペイセクは個性的な女優だ。ただ顔が綺麗なだけなら他にもっとすごい女優はたくさんいるけど、彼女のおっかなさや、独特のかわいらしさは唯一無二と言っていい。夫のドゥーを演じるトミー・リー・ジョーンズも良い。献身的な愛を見せる優しさと、雄々しくもスターの妻に引き目を感じる弱さ。

ドゥーはいつもクルマに乗ってやって来る。偉そうに軍服着てブッチャー・ホラーへ凱旋して来たときもジープに乗っていた。ロレッタを初めてデートに誘うのもボロボロの愛車。そして、もちろんふたりで南部のラジオ局を回って足で稼ぐときもクルマ。カントリーの女王は夫の車の助手席に乗っていたんだ。

ロレッタの父が死んだとき、ドゥーはブルドーザーでお墓にやって来る。「これで道が広くなっていつでも来れる」と。しかし、ロレッタがスターになり、トレーラーで各地を巡業するようになると、運転手・ドゥー/助手席・ロレッタの関係は崩れる。孤独を感じたドゥーはクルマの中で「浮気」をする始末。

そういえば、ドゥーがロレッタも離れて地元でやる仕事はクルマの修理工だった(=夫婦の関係の修復と読めるだろう)。しかし、その願いも虚しく、ロレッタはついに壊れる。ステージの上で歌詞が出てこない、ライブの前に「もうやりたくない」と涙を流す。ここは本当に胸が痛くなった。

助けを求めても、だれも自分の気持ちに気づいてくれない。ステージの袖で夫に「俺には何もいえないんだ」と返されたときに、すべてがぷっつん切れたのかもしれない。心配する観客の目線が刺さるように痛い。あたふたと子どものように戸惑うロレッタの姿。あまりに切ない。オスカーの主演女優賞も納得。

最後、時間をおいてふたりの絆は修復する。ロレッタもまたスターとして再び舞台に立つのである。その復活は、ドゥーとロレッタがだだっ広い牧場で、さわやかな夕風を浴びながらドライブする場面で印象付けられる。ジープの運転席にドゥー、助手席にロレッタ。あの頃の気持ちを取り戻した夫婦の姿。

原題はロレッタ・リンの同名曲から引用した「Coal Miner's Daughter」。「炭鉱労働者の娘」の意味。下積みもなくスターダムを邁進して来た彼女のアイデンティティを示す、すばらしいタイトルだと思う。べつにロレッタは「愛のため」に歌ったわけではないので、邦題はピントがズレている。

あと粗野な夫が「妻の歌を聞くのが好きだから」と誕生日プレゼントにギターを与え、やがてレコード会社に売り込み、ツアーに帯同し…と妻の成功のために献身的になっていく様が感動的だ。「芸能人」になっていく妻に距離を感じて不貞腐れるのも人間臭くて嫌いになれない。優しさと危うさが同居する。

マイケル・アプテッド監督の作品はあまり観ていないが、ヨアン・グリフィズ主演「アメイジング・グレイス」も素晴らしかった。オーソドックスながら堅実で、非常に感動的だったと思う。残念ながらことし亡くなったらしいが、ほかの作品もチェックしようと思う。