映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」感想

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パワー・オブ・ザ・ドッグ、観た。粗暴な農園主・フィルと、その対極のフェミニンな少年・ピーターの接近が淡々と描かれるが、その裏ではロープのように何重にも入り組んだ「呪い」がある。「皮がない!」と涙目で癇癪をおこすフィルのなんと哀れなことか…。見えるもの/見えないものの倒錯。傑作!

フィルという男には嫌悪感を抱かざるを得ない。マスキュリンな価値観で他者を支配する。弟には依存しているし、自分と他人の境があいまいだ。弟の結婚への異常な拒否反応、「風呂入れ」と云われてヘソを曲げ、さらにローズに恥をかかせる…。ひどい人間であるのはたしかだ。

彼はこのようにしか生きられない哀れな男なのである。涙目で癇癪をおこす姿はまるで子どもだが、しかし、ピーターの「あなたに憧れて」のことばに絆される表情には、愛おしさも感じてしまう。ああ、彼が求めていたのはこれだったのか、と。ベネディクト・カンバーバッチはこの手の演技が非常にうまい。

観客の見ている光景が正確にはなにを意味するのか、その瞬間にはわからない。数コンマずれて、次のカットに進んだタイミングではっと気づかされる。その時間差が気持ち悪く、作品全体に緊張感をもたらしている。表面的な甘美さや不快感が、次の場面では真逆に反転し得るのである。

前の場面の意味が、次の場面に移ってはじめて確定される、というべきか。セリフや音楽で誘導するでもなく、淡々と描写を積み重ねるため、なかなかその瞬間には解釈を確定できない(単に俺の読解力の問題かもしれないが)。シンプルに見えてとても情報量が多い。多層的に要素が詰め込まれている。