映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「娘・妻・母」感想:女だけに見える歪で屈折した世界

こんにちは。じゅぺです。

今回は「娘・妻・母」について。

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娘・妻・母」は成瀬巳喜男監督の作品です。主演は原節子高峰秀子宝田明草笛光子仲代達矢など、そのほかのキャストも非常に豪華です。公開当時大ヒットしたというのも納得です。

本作は夫の死、息子夫婦の独立、財産の相続を通して、次第につながりを失っていく家族の姿を描いています。また「娘・妻・母」のタイトルの通り、家族が空中分解していく中で決断を迫られる3世代の女たちを対照的に描き分けていました。昭和に生きる女の苦悩や喜びを見つめ続けた成瀬ならではの目線と言えるでしょう。

この映画のを見ていちばんの感想は「家族といえど他人は他人」というところでしょうか。特にお金が絡むと厄介ですね。信じていた繋がりが案外もろいものだったと知るのは、裏切られたような気分になるだろうし、相当不快なことでしょう。当時の女性は一度嫁に行ってしまえば、いくら願ったところで外で働くこともできず、男や親族に頼らざるを得ません。自分の力ではどうしようもないのだから、誰かが手を差し伸べてあげなければならないというのに、この映画で女性たちが受ける待遇はずいぶん冷たいものです。特にお母さんに対する仕打ちは酷いものがあります。家を手放さなければならないとなった途端、お荷物扱いです。戦後社会の家族観の変化と言うべきでしょうか、核家族化が進んだ先に待ち構える老人たちの受難がここに描かれています。もう現代に姥捨山はありませんから。育ててきた子どもたちに邪魔者扱いされながら生活するなんて、これほどの生き地獄はありませんね。

原節子演じる早苗は、ある意味そんな自分の未来すら達観して、すべて諦めて受け入れているかのようです。愛した夫の代わりに新しい夫を探すなんてことはしたくない、そうは言っても、いい仕事もそれほどない。当時は女の選べる道が少なすぎたんですね。ただ普通に生活したいだけなのに、どこかで男の影がちらつかざるを得ない。そういう女にしか見えない歪で屈折した景色を描けた成瀬巳喜男って、やっぱりすごいと思います。

娘・妻・母」から約60年、2018年の現代も、女性の見る景色は、男と女のヒエラルキーで歪められています。成瀬巳喜男の映画は変わらずその魅力を放ち続けていますが、いつまでもこの映画の社会的背景を「古臭い」と言えないまま、何も変わっていないのは、なんとも残念なことだと思ってしまいますね。