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さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「人情紙風船」感想:踊り狂う酔っ払いたちに想うこと

こんにちは。じゅぺです。

今回は「人情紙風船」について。

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「人情紙風船」は夭折の天才・山中貞雄の遺作です。山中貞雄監督の作品は現在3点しか残っていないのですが、そのうちの1作「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」は先日鑑賞し、当ブログでもレビューしました。ジャンルとしてはくすりと笑える人情劇なのですが、描かれる人間の可笑しさや笑いの質が現代と変わらない全く普遍的なものだったんですよね。喜劇って悲劇とかに比べて賞味期限が短いというか、時代によってセンスが変わってしまうものなので、2018年の今見ても色褪せないのは本当にすばらしいことだと思います。

話を「人情紙風船」に戻します。本作の主人公は、求職中の浪人・又十郎とヤクザに睨まれた不良・新三の二人です。物語は、白子屋を中心に二人の運命が複雑に絡み合いながら進んでいきます。又十郎は徐々に自分を見失い、一方の新三は修羅場をくぐり抜けてたくましくなっていく。階級や人柄に倒錯が起きていくのが面白いお話になっています。

個人的に見ごたえがあるなと思ったのは、太く短く生きる江戸の庶民たちの姿です。これは「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」にも共通する魅力だと思います。たとえば、長屋で自殺した男の通夜にかこつけて行われる酒宴の場面。力強い太鼓のリズムに合わせて酔っ払いの男たちが踊り狂う様は、本当に迫力があります。ため込んできた日頃の鬱憤を発散する姿に、刹那に生きる生の輝きを感じるのです。

これは映画そのものとは関係のない話なのですが、僕は酔っ払って顔が赤くなっている人を見ると、なぜだか時々とても切ないし虚しい気持ちになるんです。お酒って飲んでる間は意味もなく上機嫌になれるし、辛いこともまるで存在しないかのようにふるまうことができるけど、酔いがさめればそこらへんのなかったことにしてきた現実が一気に押し寄せてくるじゃないですか。言ってしまえばその場しのぎでしかない。そんなことはみんなわかっているんだけど、お酒のおかげで楽になれる瞬間に頼ってしまうんですよね。まあそこまで考えたり悩んだらしながらお酒飲んでる人が多数派だとは思いませんが、酔っ払ってる人は見るとたまにそんな考えがよぎってしまうし、その人の酔いがさめた後のことを想像して(たとえば次の日の朝はどんな気待ちで起きるんだろうって思ったりとか)、悲しい気持ちになってしまいます。だいぶ遠回りな話になりましたが、「人情紙風船」の酒宴の場面は、こういう酔って騒ぐ人を見るときに襲われる感情を刺激するものでした。ああ、たしかにこの人たちも生きてるんだなと。とてもお気に入りの場面です。

話をまた戻しますが、突き放すようなラストの余韻もすばらしかったです。水路に浮く紙風船に、移ろいゆく世の中の無情さを感じます。これはやはり序盤のクライマックスである酒宴の場面とも繋がっていて、限りある命をすり減らしながら食いつないでいく、ちっぽけだけど尊い庶民たちの生活が刻まれているのではないかと思います。とてもいい映画でした。もう一本の「河内山宗俊」も見なきゃなあ。