映画狂凡人

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「シュガー・ラッシュ:オンライン」感想:人は常に孤独な存在であるということ

こんにちは。じゅぺです。

今年最後の映画レビューはこの映画にしました!「シュガー・ラッシュ:オンライン」です。

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シュガー・ラッシュ:オンライン」は、レトロなゲームセンターのアーケード中に暮らすヴァネロペとラルフが「シュガー・ラッシュ」を危機から救うためにネット空間を旅するアニメーション映画です。前作「シュガー・ラッシュ」から6年経った二人が描かれています。

 

シュガー・ラッシュ」のエッセンス

僕は「シュガー・ラッシュ」がディズニー映画の中でもトップクラスに好きです。

第一に、ヴァネロペちゃんが大好き。苛酷な過去を背負いながら、好奇心と天真爛漫さを失わず、いつもレースに一生懸命なところが素敵です。日本語吹き替え版の諸星すみれもあどけなさの残る子どもっぽさが可愛らしい。

このお話の行きつくゴールも大好きです。主人公のラルフは「フィックス・イット・フェリックス」の悪役で、ゲーム内で建物を破壊してはフェリックスに屋上の上から突き落とされることを役割としています。横暴な性格も災いして、彼はゲームセンターの嫌われ者です。カウンセリングに通っても効果はありません。自分の境遇が気に入らない彼は「自分もちやほやされたい!」と外の世界に飛び出してしまいます。そして、波乱の末に「シュガー・ラッシュ」に行き着いたラルフは、そこで仲間たちからいじめられている少女・ヴァネロペに出会います。やがてラルフは「シュガー・ラッシュ」に隠された陰謀に気づき、ヴァネロペと共に真の敵と戦う中で固い友情を育んでいきます。好きなのはそのラストです。あれだけ「ヒーローになってみんなにちやほやされたい」と嘆いていたラルフですが、ヴァネロペという唯一無二の親友と出会い、彼女にとっての「ヒーロー」なることで、考えを改め始めます。ラスト、ラルフは悪役としてフェリックスたちに突き落とされる建物の屋上から、ゲーム画面の遠い向こう側にある「シュガー・ラッシュ」のゲーム台を見つめます。大親友の活躍をいちばん近くで見られるのは、悪役の彼しか上ることのできないビルのてっぺんなのです。たしかにラルフはみんなの嫌われ者かもしれないけれど、彼本人はこの「悪役しか見られない景色」がとても気に入っているのだ、というオチになっているのです。

僕が感動したのは、ディズニーが「誰もがみんなのヒーローになる必要はない」というお話を見せてくれたことです。大切な一人のためのヒーローになることもできるし、悪役にだって悪役なりの「景色」があるのです。一面の正義を押し付けるのではなく、あなたにはあなたの世界の見え方があるはずだと肯定してくれる、見る人が自分の人生を重ねられる多面的な物語になっています。

 

「そこまでやるか!」ディズニー

シュガー・ラッシュ:オンライン」もラルフとヴァネロペの友情がテーマになっていて、ラストの描写がとても重要なのですが、その前に本作もうひとつのテーマであるディズニー・プリンセスの物語の継承について触れます。

予告編公開時すでに話題になっていた通り、自社コンテンツやネット世界の徹底したカリカチュア、小ネタやパロディには「そこまでやるか!」と驚きました。散りばめられたネットカルチャーのミームに関しては一過性の要素が強く、はたして数十年後まで賞味期限を保っているかは疑問なところですが、あるあるネタは素直に楽しめました。怪しげなポップアップ広告の擬人化や「いいね」集め合戦、心ないネットの誹謗中傷コメントの数々など、かなり直接的にネットの問題に切り込んでいて、どちらかというと「普遍的」な題材を扱う傾向にあるディズニーには珍しい試みだと思いました。

 

ディズニー・プリンセスの現代的解釈の総決算

その小ネタ群の中でも話の本筋と大きく絡んでくるのが「プリンセス専用」の部屋の女性たちです。これまでディズニーはプリンセスの物語の再定義に腐心してきました。「白雪姫」や「シンデレラ」で語られてきたのは「白馬の王子様」を待ち続ける少女の夢と幸せでした。しかし、それらは女性の幸せの形を押し付ける呪縛であるとしてフェミニズムの痛烈な批判を受けるようになります。90年代以降の「リトル・マーメイド」や「美女と野獣」はこうした時代の流れを受け止めた内容になっており、ディズニーは徐々に「白馬の王子様」願望を離れ、新たなプリンセス像を模索し始めます。最終的に「アナと雪の女王」や「モアナと伝説の海」でたどり着くのは、ディズニー・プリンセスは「ここではないどこか」を求め続ける人びとの願望の象徴であるという新解釈です。「いつか白馬の王子様に求婚されたい」という白雪姫やシンデレラの願望を「ここではないどこか」へ行きたいという、新しい世界への冒険心に読み替え、より広義なディズニー・プリンセスの位置付けを目指したのです。本作「シュガー・ラッシュ:オンライン」のヴァネロペは、こうした新たなディズニー・プリンセスの定義と照らし合わせたとき、まさしく新時代のプリンセスと言えると思います。

本作「シュガー・ラッシュ:オンライン」では、ヴァネロペが「シュガー・ラッシュ」を飛び出し、新しい世界を知ります。同じルートのルーティンに飽き飽きしていたヴァネロペにとって、日々予想もできない危機が訪れるオンラインゲーム「スローターレース」の世界は、非常に刺激的でした。現状に不満を抱いていた彼女の目にオンラインゲームの世界がどれほど輝かしく映ったか、その衝撃と感動は非常に大きいものでした。そして、彼女の想いは外の世界に憧れ、飛び出そうともがいてきたディズニープリンセスの「先輩」たちの冒険に連なっていくのです。

余談ですが、今回ヴァネロペを導くのが、パワフルで凛々しい女性レーサー・シャンクであったのも、これまで「白馬の王子様」の呪縛から脱しようともがいてきたディズニーの試みに重なる部分があります。女の子が人生を切り開くのに「男」は必要ないという解釈もできるかもしれません。そしてディズニー・プリンセスがヴァネロペのファッションに影響を受けてTシャツを着るようになる場面も面白かったですね。スカートを脱いでTシャツとジーンズ姿になるのって、そのまま第二波フェミニズムの活動のイメージですよね。ここは小ネタ程度の扱いだとは思いますが、興味深かったです。

 

親友でも他人は他人

話を戻しましょう。ラルフは「スローターレース」へ旅立とうとするヴァネロペの挑戦を、阻止しようとします。彼にとってヴァネロペは唯一の親友であり、悪役として生きる日々に安らぎと潤いを与えてくれる存在です。ラルフは自分の価値を「ヴァネロペのヒーローであること」に依存していたのでした。そして、ヴァネロペが「ラルフ」と「スローターレース」を天秤にかけて、後者を選んだのだと勘違いするんですよね。じっさい、いくら親友であろうとも常にその人のことを考えているわけでもないし、まして自分の人生の岐路に立ったとき、必ずしも親友の方を選ぶ義理はないのですが。ラルフはヴァネロペに依存していたので、相手も当然自分と同じように考えているだろうと思い込み、彼女に裏切られたのだとショックを受けてしまいます。

一方、ヴァネロペは溌剌として好奇心旺盛、誰とでも仲良くなれる人なつっこさがあります。また、移り気で飽きっぽい性格で、つねに刺激を求めています。レーサーとしての性でしょうか。ラルフとは親友でありながら、性格も、興味の対象も、結構ちがうのです。これが嫌われ者で粘着質なラルフとの対比になっていて、非常に残酷でもあります。たとえいつも一緒にいる人であっても、他人は他人なのです。

しかし、ラルフはそのことを理解できず、ヴァネロペの愛する「スローターレース」のプログラムにウイルスを仕込んでしまいます。ウィルスはやがてインターネット全体を危機に陥れることになり、またしても彼は「破壊」をしてしまうのです。思えば、ヴァネロペが「シュガー・ラッシュ」を失ってしまったのも、ラルフの「破壊」が原因でした。そして彼はヴァネロペとの関係すら「破壊」してしまいます。クライマックスの巨大ラルフとの戦いは、ラルフにとって親友の変化を受け入れられない内面との戦いでもあるのです。

 

シュガー・ラッシュ」ラストとの繋がり

巨大ラルフとの戦いを終え、二人はお互いが親友であることを再確認します。しかし、もうその関係は前のものとは違っていました。ヴァネロペは「スローターレース」の世界で刺激的な毎日を過ごすことを選び、ラルフはそんな彼女を応援し、ゲームセンターの仲間たちと新たな人生を始めることを決心したのです。今度はラルフは本当の意味で自分の孤独と向き合いながら、ヴァネロペがいなくても感じられる「幸せ」を探す段階に入ったのです。

映画のラスト、ヴァネロペとの電話を終えたラルフはゲームセンターのエントランスホールの窓の外を見つめます。彼は、大親友だからこそ、本当はいつまでも一緒にいたい気持ちを抑えて、ヴァネロペの夢を後押しするためにバラバラに暮らす道を選びましま。そう、もはや「シュガー・ラッシュ」のラストで彼が愛おしく感じていた、あの「悪役しか見られない景色」は戻ってこないのです。もはやビルのてっぺんから眺めても、ヴァネロペはそこにいません。「シュガー・ラッシュ」のラストと対照的なシーンを見せることで、ラルフとヴァネロペの関係性の変化を表現した見事な演出だと思います。

 

離れていても、二人は友だち。だけど、その裏には、いくら大切な人でも他人は他人、すべてが自分の思い通りにはいかないのだという、当たり前だけど、特にラルフにとっては残酷な現実が隠れています。孤独は常につきまとってくるものであり、そこから逃げることはできないのです。天窓から差す淡い光の筋を見つめるラルフの背中が頼もしく、しかしとても寂しそうに見えました。晴れ晴れしくも切ないラストでした。大傑作です。