映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「バイス」感想:リアル「ハウス・オブ・カード」の世界

こんにちは。じゅぺです。

今回はアダム・マッケイ監督最新作「バイス」について。

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バイス」は、「史上最強の権力を持った副大統領」と呼ばれ、ブッシュ政権を陰で操り、イラク戦争を煽動したといわれるチェイニー副大統領の半生を描く伝記映画です。監督は「マネー・ショート」のアダム・マッケイ。プロデューサーにはウィル・フェレルブラッド・ピットなど。「サタデー・ナイト・ライブ」の出身者が多く参加しているようで、コント的な空気感の笑いの中に強烈な社会風刺を込めた作品になっています。

 

リアル「ハウス・オブ・カード」

海外ドラマはそれほど見ない僕ですが、「ハウス・オブ・カード」という政治ドラマはハマって見ていました。残念ながら主演のケヴィン・スペイシーがハリウッドから追放されたので、主役不在のまま製作されたシーズン5はグダグダなヘナヘナでひどい駄作になってしまいましたが、シーズン3ぐらいまではかなり面白いシリーズでした。このドラマはホワイトハウスを舞台にした作品でして、主人公のフランク・アンダーウッドが下院民主党の院内総務から始まり、さまざまな陰謀で政敵を蹴落としながら、国務大臣、副大統領、大統領と権力の階段をのし上がっていく様が描かれます。憎たらしいまでにクレバーで悪辣なフランクは、まさしく「悪のカリスマ」ともいうべき人間で、こんな政治家いたらやだなーと思うけど、ただ愚直に権力の高みを目指し続ける姿に惹かれてしまうのです。言うことを聞かない政治家は徹底的に追い詰めて死に追いやるほか、大統領選で劣勢に立たされたシーズン4ではとんでもない奇策を繰り出すなど、まあドラマだから許せるよねって部分も多いんですけど、残念ながら「バイス」を見ると、あながちあれもウソではなかったのだと気づきます。フランク・アンダーウッドは実在したのです。

 

存命の政治家をこき下ろすスピリット

アダム・マッケイ監督のスタンスは割とはっきりしています。もう全体から「クソくらえ!」って叫びが聞こえてきます笑 特に取り柄もなかった男が、根拠のない凄みと運に助けられながら、徐々に陰謀家としての経験と技を身につけていく。フランク・アンダーウッドのように、ときに逆境を糧にして、運にも助けられながら、陰湿な権力者へと育っていきます。基本的に登場人者はみんな「アホ」として描かれているので、みんなが大真面目にことを進めているのに、状況はどんどん悪化していくという、理不尽劇の趣もありました。最近演技派としての評価の方が一般的になりつつあるスティーブ・カレル案じるラムズフェルドなんて、絶妙に軽薄で頭悪そうな感じに描かれています。チェイニーの前で下ネタ言って滑る場面の「ズレ」感だったりは、この俳優にしか出せない味わいだと思います。

きわめつけはサム・ロックウェル演じるブッシュ大統領。チキンにかじりつきながら指をちゅぱちゅぱ舐める時のあのアホ顔!ひん曲がった口もだいぶ誇張されてますが、特徴を捉えています。なかなか愛嬌があって可愛いおっさんなのですが、あんなのがアメリカの大統領だったと思うと寒気がしますよ。

あと「偽エンディング」はかなり笑えましたね。さっさと歴史の表舞台から去ってくれればよかったのにと言わんばかりの作り手たちの思いがにじみ出ていました。ここまで存命の政治家たちをこき下ろせるハリウッドの環境がすごいと思います。日本だったらまずこんな企画にはお金が集まらないでしょう。

 

独特の編集とユーモアのセンス

チェイニーという男は陰で政治を操っていた人間なので、本来地味な話になりそうなところなのですが、「マネー・ショート」に引き続きハンク・コーウィンの編集と、アダム・マッケイの捻くれまくった世界観でだいぶ見ごたえのある内容になっています。驕れる権力への怒りや失望、無関心な観客への警告をトリッキーな編集と意地悪な皮肉で見せるテクニックは、ハリウッドのクリエイターの中でもトップクラスでしょう。

とくに爆発の映像を使った場面転換を繰り返したり、時系列が前後したりと、見にくかったり、それってどうなのと思う箇所もあったけど、編集はかなり面白かったです。国家の中枢に私欲にまみれた陰謀家たちがうごめく混沌を刺激的に描いていたと思います。

エンタメとして最高に楽しめるが、彼らによって昨今の混沌がもたらされたのだと考えると笑ってもいられません。あのエンドクレジット後の映像は「おいおい、笑ってるお前らはどうなんだよ?」と観客に冷や水をぶっかける、かなり強烈なパンチでした。いまやブッシュやチェイニーを超える怪物を生み出してしまったのが、このアメリカという国なのです。さて、日本はどうなんでしょうね?