映画狂凡人(映画感想ツイート倉庫)

さいきん見た映画の感想を書いています。ネタバレありなので未見の方は注意してください。

「四月の永い夢」感想:書を持ち僕は旅に出る

こんにちは。じゅぺです。

このあいだ「七つの会議」を見て、朝倉あきにハマりました。あのおっとりと落ち着いた話し方や地味ながら映画映えする顔がとても素敵な女優さんなのです!

https://eigakyorozin.hatenadiary.jp/entry/2019/02/15/090018

というわけで今回レビューするのは彼女の主演作「四月の永い夢」です。

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四月の永い夢」は、そば屋で働く初海がさまざまな出会いを通して、かつての恋人を自殺で失った悲しみを乗り越えていく様を描く作品です。

 

朝倉あきの存在感

この映画は朝倉あきの存在感に尽きると思います。声には独特の落ち着きがあるし、表情は豊かだけど、どこかおっかなびっくりなところがあって控えめな印象を受けました。「七つの会議」の浜本も少し似た役柄でしたが、芯の強さを見せていた浜本に比べると、初海は少々自信なさげで、受け身の人なのかなと思いました。相手の出方をうかがう柔和な態度とちょっと力んだしゃべり方が初海の性格をよく表しています。

あと、初海がだれかに話しかけられた時、いちばん最初に出るのは「あ、」という言葉なんですよね。気づいた時は結構嬉しかったのですが、こういう細かいところでキャラクターに肉付けをしているところがとっても丁寧だし、初海という女性に実在感を与えていると思いました。やっぱりいい女優さんですね、朝倉あき

 

国立の生活

四月の永い夢」は国立(くにたち)市が舞台なのですが、これも作品の雰囲気にぴったりなのです。僕は個人的に国立という街に思い入れがあるので、結構テンション上がりました。この街は、都会の喧騒からは少し離れた文教地区になっています。ちょっぴりレトロなカフェやケーキ屋さんが並ぶと表通りに、窓辺から差す朝陽で眼を覚ますゆったりとした生活は、いかにも文化系な初海にぴったりです。

ところで初海って目覚ましは鳴らさないし、スマートフォンも電話しか使わないんですよね。趣味は音楽を聴くこと、それからラジオ聴取。キーアイテムになるのは元恋人から届いた一通の手紙。とことんアナログです。初海がちょっぴり異質な存在に見えるのは、そういう現代的な物質社会からはちょっぴり距離を置いたレトロな生活にあるのではないかと思います。

 

「書を持ち僕は旅に出る」

四月の永い夢」は上映時間93分と少々短いのですが、いい意味で時間の流れはゆったりしています。作中の出来事もスケールはあまり大きくありません。一つひとつの小さな積み重ねから、徐々に初海の心境にも変化が生まれていくのです。

「なにかを獲得するのが人生ではない。大切なものを失い続ける中で、本当の自分を見つけるのが人生というものなのだ。」とは初海の自殺した元恋人の母親の言葉ですが、まさしくこの作品のテーマを表しています。初海はこの言葉に救われることになるわけですね。一度失ってしまったものにいつまでもこだわっても仕方がない。いま手の届く範囲にあるものこそ自分を構成する一部なのだし、そういうものこそ大事にするべきなんじゃないか。満たされない想いを抱える者にとって、こんなに優しい言葉ってないんじゃないかと思います。

初海の変化を見つける上で重要なキーになるのが「書を持ち僕は旅に出る」という歌です。初海に好意を抱く近所の青年・藤太郎が、勇気をふりしぼって彼女を散歩に誘う場面。「趣味はなんですか?」という藤太郎の問いかけに対し、初海は「音楽を聴くのが好き。でも、一人で聴いていると突然寂しくなるからラジオで聴く方が好き。」と答えます。元恋人の死を契機に、人知れず孤独を抱える初海らしい感性がよく表れている言葉です。さらにその場で彼女は藤太郎に自分の好きな曲をオススメします。それが「書を持ち僕は旅に出る」なんですね。

また、その後の長回しは本作のハイライトとも言える名シーンです。花火パーティーの帰り道、藤太郎との素敵な会話の余韻に心弾ませて、初海は音楽プレイヤーで「書を持ち僕は旅に出る」をセットします。カメラはゆっくりと横移動しながら、たのしげにスキップする初海を追うのです。しかし、突然初海は音楽の再生を止めます。一気に世界が動きを止めたかのように訪れる静寂。深い孤独が初海を襲うのです。今日はいい日だったなあと夏の夜のぬるい暑さに浸る多幸感と、ふとした瞬間に訪れる深い孤独の落差。過去を断ち切れない初海の複雑な心情を、ぷつりと音楽が切れる不条理さに込めた秀逸な描写です。

しかしその後、藤太郎は初海の過去を無神経にも詮索してしまい、彼女と関係を構築する機会を失ってしまいます。一方、初海は元恋人の家族と再会して心の奥の小さな秘密を吐露します。そこで元恋人の母親にかけられた言葉が先ほどの「なにかを獲得するのが人生ではない。大切なものを失い続ける中で、本当の自分を見つけるのが人生というものなのだ。」なのですが、さらに重要なのはその先にやってくるラストシーンです。

自宅への帰り道、電車のトラブルで途中下車を余儀なくされ、なんとなく立ち寄った定食屋。そこで流れるのはお気に入りのラジオ番組。なにげなく耳を傾けてみると、なんと連絡を取らず疎遠になっていた藤太郎が、初海と和解するきっかけを得ようとハガキを送っていたのです。「あの時彼女を傷つけてしまったことを後悔している。もしこの番組を聞いてくれていたら嬉しい」という藤太郎のメッセージとともに流れるのは「書を持ち僕は旅に出る」のイントロ。藤太郎の大胆さに照れながら、弾けるような笑顔を見せる初海を映して、この作品は幕を閉じます。

初海もこんどはもう一人じゃありません。あの人もこの曲を聴いているのです。「一人で聴くと寂しいからラジオの方が好き」とつぶやいた初海のために、彼女のいちばん好きな曲をリクエストする藤太郎の心づかい。この前の会話、覚えてくれていたんだ、私にこの歌を届けたかったんだと気づいた時の初海の笑顔の透明感!偶然の積み重ねで再会した「音」が不思議に交錯し、すばらしい余韻と多幸感を残します。初海はきっと幸せになれますよ。もう失うことを恐れないはずだから。なんだか見ている自分もすこし肩の荷が下りた気がします。すごくいい映画でした。Blu-rayで買いたいですねえ(ソフトはDVDしか出ていないんです…)。