「ロックス・イン・マイ・ポケッツ」感想:狂気とユーモアの悪夢世界
こんにちは。じゅぺです。
今回はちょっと変わり種のラトビア産アニメ「ロックス・イン・マイ・ポケッツ」について。
「ロックス・イン・マイ・ポケッツ」は、精神疾患の家系に生まれた5人の女性の物語を描くアニメーション映画です。実は結構前から気になっていた作品でした。2015年のEUフィルムデイズで「ソング・オブ・ザ・シー」を見たとき、次の回に上映していたのが、この映画だったんですね。その時はハシゴも面倒だしな〜と思ってスルーしたのですが、それ以来見逃したことを後悔していました。最近やっとVimeo等の動画サイトで日本語字幕バージョンがレンタル可能になり、今回の鑑賞に至った次第です。ちなみにこの日本語字幕は作品に惚れ込んだ有志が自ら作成したものを公式が採用したものだそうです。奇跡に近いことですね。本当に訳者の方には感謝です。
お話を作品内容に戻しましょう。本作は、女として生きることの重圧と苦しみに喘ぎ、狂気と過敏の内面世界に沈んでいく様を、おぞましくもユーモラスなアニメで表現しています。彼女たちの頭の中をめぐるグチャグチャに混乱した世界が、素朴な手書きタッチのアニメーションと精巧な実写セットの組み合わせによって描出されていて、非常に独特の印象を与えます。熱にうなされているときに見るような悪夢的ビジュアルは、見る者の心まで蝕み、引っ掻き回してボロボロにしそうです。
一方、物語は、監督の人格と一体化した物語のナビゲーターとして、主人公・シグネがそれこそ病的なまでの密度で語られます。時代に翻弄された祖母のアンナ、才気あふれる芸術家のミランダ、高慢な医学生のリンダ、寡黙な教師のイルベ、そして主人公のシグネ。5人のそれぞれの苦しみが、コミカルで辛辣な語り口を通して描かれます。残念ながら、この過剰なまでの語り口が、幻夢的なアニメーションの良さを削いでしまっている気がしなくもありません。
5人の人生の中でも、特に主人公のシグネとその祖母のアンナが中心に描かれているのですが、彼女たちはそろって結婚、妊娠、出産、子育てをキッカケに心を病むようになります。ラトビアの女たちには生まれた頃から女としての社会的なプレッシャーや束縛が絡みついていて、自由に人生を送ることのできない絶望が心身を蝕んでいくのです。ここは日本もラトビアも変わりがないなと思います。どの時代も男たちは身勝手で、女の心と体に無関心な存在として描かれています。
アンナの家系の女たちが揃って悲劇的な最期を迎える中、シグネは最後まで現実にしがみつき続けます。「ポケットの中の石ころ」を亡き祖母に託す彼女は、もはや自殺願望を捨て、現実の痛みを受け容れる準備ができているのです。おぼろげながら現れた混沌から抜け出す道筋に、人生の希望を感じます。極めて内省的な作品で、ほとんど「自分語り」の本作。彼女の精神病のルーツを辿る旅には、あまり普遍性がないのですが、それでも彼女が最後に見つけた絶望の中に射す希望の光には、まだ諦めてはダメだ!という力強いエールを感じ、非常に勇気をもらえます。
ところで、彼女たちの人生にはソ連とナチスに蹂躙されてきたラトビアの歴史も密接に絡んでいます。バルト三国の歴史なんてほとんど知りませんでしたが、大国の間に挟まれて、長い間苦しい時を過ごしてきたようです。この歴史と文化の混乱の厚みが、もしかしたら映画のような芸術にも影響しているのかもしれませんね。